ホモォに取り憑かれた森山の話

 高校バスケ界の強豪校の一つに数えられる海常高校は例に漏れず、部活の終了時刻が遅い。レギュラーにもなれば、それに自主練が加わり、更に帰宅時間が遅くなる。
 変則フォームのシュートを駆使し、SGとしてレギュラー・スタメン入りしている森山も勿論自主練組の一人。今日は同輩の笠松と小堀、それから後輩でエースの黄瀬と一緒に自主練をこなし、学校を出たのが20時を過ぎた辺り。本格的な夏を目前に控えたこの時期でさえ、既にその時間には黒が辺り一面を覆い尽くしていた。
 けれど、都会特有の明るさのおかげか、それとも真っ黒なキャンパスで精一杯光を放つ星々のおかげか。森山達が歩く通学路は夜だというのに明るさを失わない。
 しばらくしょうもない馬鹿話で盛り上がりながら歩き、信号機付近の十字路で小堀と黄瀬と別れ、最後の曲がり角で笠松と別れ。家々から漏れ出る温かな光と点々と立ち並ぶ街灯を道標に、一人家路に向かう。
 しかし、いつも通る何の変哲もない住宅街が異様な雰囲気に飲み込まれているような気がして、森山は微かに眉を寄せる。

 この辺に変な噂なんてなかった筈だ…。

 自分に言い聞かせ、止まりそうになる足を出来るだけ早く動かした。
 チカチカ…と点滅を繰り返す街灯が目の前に迫った頃、静まり返った住宅街に小さな鈴の音が響き渡る。

「ひっ」

 小さく悲鳴を上げた森山の視線の先には真っ白な塀を歩く鈴付きの赤い首輪を付けた毛艶の綺麗な可愛らしい黒猫。黒猫はバクバクとなる心臓を押さえたまま、パチクリと瞬きをする森山を一別すればにゃあと一鳴きして塀の向こう側に行ってしまう。

「な…なんだ、猫か」

 安心したように息を吐き、再び止まっていた足を動かそうとした時である。先程まで点いていた筈の街灯の明かりが森山の周囲だけ消えていたのだ。

 なぜ、どうして、いつの間に。

 そんな言葉がくるくるくるくると脳裏を掠めるが答えが出てくる気配などない。ましてや、今日に限って人っ子一人いない通学路。誰かがその答えを森山に教えてくるなんてことは到底有り得なかった。
 森山は冷や汗が背筋を伝い落ちる感触を肌で味わいながら、墨色の瞳をキョロキョロとせわしなく動かし続ける。
 ぞわり。
 何の前触れもなく感じた首筋を撫でるかのような生温かい風と背中を走る悪寒にいても立ってもいられず、森山は後ろを振り向いた。あるのは真っ暗な闇を点滅しながらも必死に照らそうとする街灯だけ。
 しばらく、目の前に広がる暗がりを見つめ、訳の分からない恐怖を荒くなり掛けた息と一緒に嚥下する。何もないことをしっかり確認した森山は恐る恐る前を向いた。

 だけど、そこには、先程まで存在しなかった楕円形の沸き立つ影が。

「…ぁ、」

 影は興奮したかのようにぶわりと自分の身を膨らませると、スーッと音もなく森山に近付いてくる。森山は目を見開き、唇を戦慄かせた。早く逃げなければ…、そう思うが体が金縛りにあったかのように固まってしまい、自分の体だというのに全くいうことを聞いてくれない。
 そうしているうちに影は森山の目の前まで迫り、『ホッホモォ!!』という奇声と共に口から涎的な何かを撒き散らしながらも笑顔の白い四つ足生物が森山の顔面目掛けてシュバッと飛び出したのである。

「きゃあああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!」

 森山由孝、貴様は女子か。



+++



 その後、森山はどうやって自宅まで帰ったのか覚えていない。気付いた時には自宅のお風呂で温かな乳白色の湯船に浸かっていた。束になった髪の毛から雫がぽたりぽたり、滴り落ちる。それが作り出した波紋をボケッと見つめながら、先程あった…ことなのかも怪しい不可思議な体験を思い返した。
 そういう心霊体験系の話に出てくる霊的な何かといえば、大体人型かこの世のものとは思えない化け物かのどちらかだ。しかし、森山が出会ったものはそのどちらでもない気がする。とにかく、“人ではない何か”に出会ってしまった。
 森山はこれから起こるであろうと予想される様々な不思議体験に耐えられる気がしなくて、深いため息を吐き出し浴槽の縁に頭を寄りかからせる。
 都合よく、明日は部活が休みだ。

「……ナンパ行こ」

 気分転換にちょうどいい。きっと疲れて白昼夢でも見たんだろう。そう言い聞かせ、明日出会うであろう運命の子に思いをはなせながら森山は浴室から出た。
 全身の水分をバスタオルで拭き取り、下着とパジャマ代わりのTシャツとハーフパンツを身に付ける。用意していたタオルで髪をガシガシと拭きながら、ふっと脱衣場にある洗面台の鏡に目を向けた。

 肩に、白い何かがいる…。

「っ!」

 ガタンっ。勢いよく後ろにのけぞれば、壁にぶつかり大きな物音を立ててしまう。

「よしくーん?大丈夫ー?」
「なんでもない、大丈夫ー!」

 脱衣場の外から声を掛けてくる母親に心配を掛けぬよう答えながらも、森山の視線は鏡に向かう。嘘だと言ってよバーニィ、そう願いを込めて自分の右肩を恐る恐る見る。そこには先程飛んで来たと思われる手のひらサイズの白い四つ足生物がのかっていた。
 現実だった。

「うそん」

 森山は愕然と正体不明の白い四つ足生物(かも怪しい物体)を見つめる。なんだか見覚えある顔だなと思ったら、顔文字のスタンダード笑い顔にそっくりだった。それに四本の足が付いたような形状をしていて、さっきまで怖がっていたのが馬鹿らしくなるほど怖くない。全く怖くない。
 じっと鏡越しに見つめれば、そいつはぽっと頬を赤らめ、『ホモォ…』と弱々しく鳴き声?をあげながら恥じらうように森山の背中に隠れてしまった。

「へえ、可愛いところもあるんだなお前」
『ホ、ホモォ!』

 森山がからかうような口調で言ってやれば、まるでか、可愛くないよ!と抗議せんばかりの鳴き声をあげる。それだけで気をよくした森山はそいつを背中に付けたまま、脱衣場から二階にある自室へと移動することにした。
 途中、母親に先程の物音のことでもう一度確認を取られたがなんでもない大丈夫だからと言い聞かせ、まだ納得してない様子の母親を置いて自室へ逃げ込んだ。
 そしてやっぱりというか、こいつは他の人間には見えないらしい。

「つかお前…あー、ホモォ?はメス…だよな?」

 メスか否か、森山にとってはとても重要なことだ。事実を知った直後から対応ががらりと変わってしまうぐらいには。
 よく分からないやーつー基ホモォは再び森山の肩に乗り上げ、『ホッ』と短く鳴いてイエスの意思表示。どうやらこのホモォ、メス…乙女のようだ。内心ほっとしながら、森山は今後の対策を模索するべく机に鎮座するパソコンの電源を入れた。

「って、なんで意思疎通出来てんだよ!そもそもよく分からないやーつーをさらっと受け入れ過ぎだろオレっ…!」

 森山はホモォをひっ掴むと変則フォームでゴミ箱にシュートした。ホモォはきたねー放物線を描きながら、見事ゴミ箱にイン。したのだが、ゴミ箱の底にバウンドしたのかすぐに外に飛び出して。着地するなりドゥルルルルと残像を作り出すほどの超スピードで森山に近付いてくる。

「(きゃあああああああああ!!!!)」

 だから森山由孝、貴様は女子か。しかも小声で叫ぶとかいい子か。
 いや確かにホモォが残像を作り出すほどの超スピードで近付いて来たら叫びたくなるかもしれないけども。
 ホモォは椅子に乗り上げ縮こまる森山を通り過ぎ、今度は机に置かれたマウスにしがみつく。後ろ足を一生懸命動かし、マウスを操作する姿はとても異様な光景だ。
 しばらくマウスを操作していたホモォだったが、目的の場所を見つけるやいなや森山に画面を見るよう促してくる。森山がしぶしぶ覗き見れば、ある大型掲示板のスレが画面に映し出されていたではないか。

「お前、これ…」
『ホモ!』

 パソコンだって操作出来んだぜ、どや!と胸を張るホモォに若干の苛立ちを覚え、真顔で額を軽く小突く森山。ホモォはホモォで小突かれた腹癒せなのか、森山の手に何度も何度も頭突きを繰り返す。
 それがなんだか面白くて、森山は小さく声を立てて笑い出した。まだ少し幼さの残る森山の笑顔を直視してしまい、再びぽっと顔を赤らめたホモォは取り繕うように『ホッホモッ』と咳払いを一つ。

「分かった、分かったから残像出来るぐらい高速で叩くの止めろ」

 自分の手の甲を短い前足でぺちぺちと叩くホモォに苦笑を零し、森山はやっと画面に開かれているページを読み始める。
 そこにはホモォそっくりの顔文字が『ホモウメェ』と登場したところで。そのすぐ後に叫び声をあげたり、『森へお帰り』やなんちゃらの薄い本をあげる顔文字など他の人達が続々と反応していた。そして最後の件で薄い本をもぐむしゃしながら、ロムに戻るホモォと同じ顔文字の姿。
 森山の背中に恐怖とは別の悪寒が這い回り始める。

「ホモォってホモォなのか?」
『ホッ!』
「…ホモ、好きなのか?」
『ホッ!』
「まさかとは思うが、オレがその……同性の恋人作るまで居座る気でいるのか?」
『ウホッ!』
「ウホッ?!」

 森山は女の子が好きだ。
 ナンパするほど女の子が好きだ。
 運命の相手は女の子だと信じていた。
 それなのに(多分)取り憑いたホモォは言う(実際はホモォとしか言っていない)。

 運命の相手は男の子ホモォ!!、と。

「嘘だと言ってよバーニィ…!」

 このフレーズ、本日二度目である。

 最悪だ。そう思わずにはいられなかった。自ら同性を好きになって、そういう道に進むならまだしも、訳の分からないホモ好きの物体の為になぜ男と付き合わなければならないのか。
 今更沸々と沸き上がる怒りに震えながらホモォをひっ掴んだ森山は、部屋の窓を全開にすると変則フォームで冷や汗を流す手の中のものをぶん投げた。

「森へ帰れ!」

 ホモォが森山の元にサイコクラッシャーで戻ってくるまで、あと10秒。






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