虚像の檻

春の香りがにおい立つある土曜日。

伊月はバスケ部顧問である武田先生の都合により午前中のみだった部活を終え、友人達の誘いも先約があると断り、一目散に学校を後にした。向かう先は今年こちらの大学に進学し、一人暮らしを始めたばかりの森山が住むアパートだ。

昨日の夜に突然、森山から土曜日の、つまり今日の予定を伺うようなメールが送られてきた。不思議に思いながらも午後から空いている旨を伝えれば、今年一年はまだ実家暮らしの宮地と一緒にアパートまで来るように言われて。理由を森山に聞いてみたが、こちらに来てから話すの一点張り。附に落ちないながらも森山の誘いを無碍に出来る筈もなく、伊月は二つ返事で了承したのだった。

そして、アパートに程近い駅で待ち合わせしていた宮地と時間ぴったりに落ち合い、数十分歩いた先にある森山の住む角部屋に何事もなく到着した。着くなり、真顔でインターホンのボタンを某名人ばりに連打する宮地には肝が冷えたが、森山はその行動を咎める所か笑って許して部屋にも通してくれたから。伊月は自分が怒られてもいないのにほっと息を吐いた。

森山の部屋はいつでも女の子が来ても大丈夫なように綺麗に片付けられている。棚にちょこんと置かれた梟の可愛らしい置物や所々に置かれた観葉植物が目に優しい。それらを眺めながら、伊月と宮地は通された部屋の中ほどにある木目調のテーブルを囲んで座った。キッチンから戻って来た森山から出して貰ったコーヒーを口にしながら、合間合間で交わされる近況報告混じりの世間話に笑いあっていた。

それだけだと、思っていたから。

伊月は森山の言った事に反応することが出来ず、微かに波紋を作る黒い水面を見つめたまま、そっと顔を伏せた。ああ、きっと自分はとても情けない顔をしているに違いない。そんな伊月とは対象的に沈黙を切って捨てるように口を開いたのは宮地。宮地は少し前まで欠片も見当たらなかった鋭さを視線に乗せて、森山を睨んだ。


「森山お前、今なんつった?冗談でもんな事言ってと轢くぞ」

「冗談でも友人の、しかも男同士のセックスを見せろだなんてそんな事、言える訳ないだろ。本気でも他の奴には言わないぞ」

「はぁ?意味分かんねー」


吐き捨てるように言った宮地を咎める訳でもなく、ただただ見つめる森山。そんな重苦しい雰囲気が部屋中を埋め尽くし始める中でも伊月は口を開く様子もなく、手元のカップの中で揺れるコーヒーの水面に視線を落としていた。伊月が今、何か言ったところでますます事態が悪化するだけだ。ましてや、ダジャレを口にしようものなら宮地に一発ぶん殴られてしまうだろう。

しかし、この森山という男は空気を敢えて読んでいないのかなんなのか、伊月を話の中心へと引っ張り出したのである。伊月は顔を上げぬまま、視線だけをうろうろさせて見つかる筈のない逃げ道を探した。


「なあ、伊月。いいだろ?」

「伊月、答えなくていいんだからな」

「…オレは、」


否定の言葉をはっきり言えたら、どんなにいいだろうか。
伊月は堪えるかのように下唇を噛んだ。


「出来ない理由でもあるのか? ああ、すまない。オレ、気が利かなかったな」

――お前ら、恋人同士じゃないんだっけ?


それでようやく顔上げた伊月も、そして不機嫌そうに顔を歪めていた宮地も森山の言葉で目を丸くする。やはりここでもいち早く動いたのは宮地で、薄く歪んだ笑みを顔に張り付けた森山の胸ぐらを掴み上げた。だって、彼はこういう事を言う人ではなかったから。

何かの間違いだと言って欲しかったのだ。


「お前ほんと、いい加減にしろよ!殴られてーのか?!」

「図星だからって何焦ってんだよ、みっともない。伊月もこの勘違い野郎に何か言って、トドメさしてやれよ。伊月も迷惑してるって言ってたじゃないか」


あ…。

伊月の口からは小さな音しか紡ぎ出せない。後ろに下がろうにも驚きと困惑で揺れる視線を投げてくる宮地と歪んだ笑みを張り付けたまま見つめてくる森山の視線が纏わりつき、体が思うように動いてくれない。


「……嘘、だよな?だって、言ってくれただろ。好きって、愛してるってあんなに…」

――あんなに愛しあってただろ?


だんだんと表情が無くなっていく宮地の問いに口元を片手で覆った伊月は首を横に振るだけ。それが答えだと受け取ったのか、宮地は力無く森山を離した。森山は何事かブツブツ呟く宮地など気にする様子もなく、一目散に伊月の方へと近づく。


「こんなっ!こんな関係を壊すような事をする為に、オレ達を呼んだんですか?!」


待ったを掛けたのは伊月の悲痛な叫びだった。その声にぴたりと止まった森山はしばらく思案したあと、曖昧に頷いてみせる。


「違う、とも言いきれないな」

「どうして……、」

「どうして?そんなの伊月が好きだからに決まっているだろ。ずっと好きだった。宮地から付き合う事になったって報告された時には息が止まるかと思ったけど、宮地の勘違いだった訳だし。諦めずに伊月を見つめ続けて良かった。ねえ、好きだよ伊月。宮地なんて止めてオレにしない?」

「でも、森山さん、女の子、好きって…」

「確かに女の子は可愛いけれど、今は一番伊月が好きなんだ。心配しなくても目移りなんてしないよ。大切にする。好きだ、愛してる。最上級の愛を伊月にあげるよ」


徐々に近づいてくる森山とぼんやりとこちらを見つめてくる宮地を歪む視界で捉えながら、伊月は今までの二人の行動を思い返していた。ひょんなきっかけで出会った三人は唯一の共通点であるバスケとその残念具合から、それが必然であるからのように距離を急速に縮めていった。時間に余裕が出来れば、示し合わせたように集まって疲れるまでバスケをしたり。あっという間だった。

そしてある時、伊月はたまたま会った宮地から「好きなんだけど」と言われた。今にして思えば、何の事か分からないにも関わらず「はい?」と返事をしてしまったのがいけなかったんだろう。きっとこの時から宮地の勘違いが始まって、森山が壊れ始めたのだ。

自分のせいで。何もかも…、


「伊月、伊月。どうして泣いてるの?」

「っ触らないで、くださ……っ?!」


とうとうこちらまで来た森山は静かに涙を流す伊月をそっと抱き締め、拒絶の言葉を吐き出す唇に自分のそれを重ね合わせる。伊月の視界の端で宮地が悔しげに唇を噛んだのが見えたが、そこまで気を配っていられない。柔らかく少しかさついた感触のあとに感じた他人の生々しい吐息に伊月は人知れず、背筋を震わせた。

止めて欲しいのに。

そうしたければ、突き飛ばすなりすればいいのに。伊月が出来たのは震える手で森山の袖をそっと掴むことくらいで。たったそれだけで森山が止まる筈もなく、伊月の唇をゆっくり舐めるように啄み始める。


「口、開けて」


森山のかすれた囁き声にも微かに首を横に振るだけしか出来ない伊月。すると背中に温かな重みが加わった。森山が前にいるのだから後ろに誰がいるかなんて分かりきっている。だけど、それでも、伊月は耳に吹き込まれる声を聞くまでは信じられなかったのだ。


「開けてやれよ伊月」

「なっ、みやじさ……んむっ」

「オレだってお前のこと、好きなんだ。お前が他の野郎に触られてんの黙って見てられるほど、我慢強くねーんだよ」

「っ…、」


あんなに嫌がっていた宮地まで加わるなんて。

伊月が口を開けた隙をついて、森山の舌が口内へと侵入する。自らの唾液を塗りたくかのごとく自分のものではない別の舌が動き回る度に重苦しくなる下腹部の感覚と、息苦しさで伊月は眉を寄せた。時々誘うように合わさる森山の舌に意識を傾ければ、そっちに行くなと言わんばかりにうなじを這う舌と服の裾から侵入し、素肌を撫でる手が伊月の思考を奪っていく。森山が角度を変えて再び唇を深く合わせて塞げば、宮地は撫でる手を滑らせ胸にある小さな頂で遊び始める。


「ん………んん、は、あぁっ」


森山に口内を味わい尽くされ、解放される頃には伊月の思考はふわふわとした真綿に包まれていた。嫌だとか止めて欲しいとか、そういったことはいつの間にか隅に追いやって、今は身体中を這い回る熱を受け止めるので精一杯で。


「あ、あっ!……ふぅ、」

「はっ、やらしい顔」

「可愛いんだからいいだろ、別に」

「それもそうか」


眉を寄せた伊月は宮地に体重を掛け、近くにあった耳に唇を触れさせながら熱い吐息を吹き込んだ。そして、森山を抱き寄せると猛りかけた下腹部を押し付ける。

こんなの、誘っているのも同じだ。

伊月もそんな事が分からないほど無知ではない。しかし、森山と宮地に触れられる心地よさを知ってしまった今、徐々に高められていく身体を自分一人でどうにか出来るほど大人でもないのだ。それならば、一緒に深いところまで堕ちるのも悪くはないのかも知れないと身体を撫でさする手と首筋を蠢く舌を感じながら、目を閉じた。





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――――――
―――



寝室の悲鳴を上げるベッドの上、生まれたままの姿で交わる三つの影があった。ベッドヘッドに寄りかかって座り、恍惚した笑みを浮かべる森山と四つん這いの格好で森山の股に顔を埋め、起立した肉棒を口いっぱいに頬張って必死に舐めしゃぶる伊月。それから伊月の充分に溶かした尻孔に己の硬く太い杭を埋め込み、揺さぶる宮地。

彼らの放つ肉同士がぶつかり合う音とくちゅくちゅといういやらしく泡立つ水音、それから獣のような熱い吐息が部屋中を覆い尽くしていた。それに混じって、濡れた喘ぎ声が網膜まで侵蝕していく。


「そっちばっか構ってんじゃねーよ」

「んん…っあ、あ、ぁあっ」


面白くなさそうに眉根を寄せていた宮地は今まで一切触れていなかった伊月のいいところを的確に貫いた。宮地の思惑通り、伊月は口に含んでいた森山のそれから離れ、甘い声を上げる。それでも手だけは添える形であれ離さないでいるが、森山が満足する分けがない。ぞっとするほど優しい笑みを浮かべた森山は伊月の頭を掴むと、唾液と森山の先走りで濡れそぼった唇に再び大きく膨らんだ肉棒を無理矢理突っ込んだ。


「ほら、もう少しだから頑張って伊月」

「あ、んぐっ!ん、んむ、んんっ!」

「もっと優しく、扱えよっ、森山!」

「宮地こそっ」


終わりが近いのか、上と下の律動と粘着質な水音が一段と激しさを増す。「好き」だとか「愛してる」だとか聞こえてきたが、伊月はBGMのように聞き流していた。今のぼんやりする頭では、その言葉を処理して答えてあげられるような余裕はない。そして、二人はほぼ同時に腹に力を込め、森山はとっさに引き抜き伊月の顔に、宮地はそのまま中にそれぞれ白濁とした精を放った。

部屋中を熱い吐息と独特の精の匂いが満たしている。いつの間にか森山の手から離れていた伊月は宮地のそれが粘ついた糸を引きながら、尻孔からずるりと引き抜かれる感覚に甘い喘ぎを短く漏らし、ベッドに四肢を投げ出した。


「そういえば、伊月ってイったっけ?」

「あ?あー…イってない、だろ」


頭上でそんな会話していた二人の尽きる事のない情欲を宿した視線が、伊月の淫らに濡れた身体をねっとりと這い回る。伊月はぞくぞくとした言いようのない感覚に人知れず唇を震わせた。

敏感になっている肌に緩く触れられただけでも肩が跳ねてしまう。それに気をよくした森山と宮地は再び伊月の身体に手をかける。伊月は緩慢な動きで首を振るようにして、柔らかなベッドに顔を押し付けた。

湧き上がる笑みを隠すように。

――知ってますか?
――オレ、二人のこと、本当は…、






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