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ふっと一息吐いて、最後の白色の紙袋に手を掛けた。
「見掛けより、重い……?」
何入ってるんだこれ。その場に置き直し、即座に中身を確認して、言葉を失う。中には時計仕掛けの林檎と蜂蜜という題名で可愛らしい女の子キャラクターが描かれた表紙の本が数冊と表紙の女の子のグッズが数点、そして洛山の黛千尋の名前入り婚姻届が入っていた。
さっきも似たような選び方の人、いたな。そう思いながら、紙袋を開封済みのプレゼントの山に置いた。これで未開封の誕生日プレゼントは無くなり、知らず知らずの内に強張っていた肩の力をようやく抜くことが出来るようだ。んーっと体を伸ばし、そろそろ帰る支度でもしようかと思った矢先。ある人物からのプレゼントを見ていないことに気が付いた。
――もしかして、他に紛れて……。
伊月は自ら積み上げた開封済みのプレゼント達をまた一個一個確認する。けれど、見つからなかった。たったひとつ。
「……赤司からのが、ない」
おかしい。ぼっち扱いに敏感な洛山の赤司征十郎が自分だけが話題に入れないようなことを自らするのは、おかしい。忘れていた、当日までにプレゼントを用意することが出来なかった。いろいろな理由を思い付くがことごとく赤司に限ってそんなことは有り得ないの一言で片付いてしまう。
というか貰う側である自分がなんでこんなに言い訳じみたフォローを入れているのだろうか。あれ、なんかおかしくない?
伊月が難しい顔で小首を傾げ、思考の海に入りかけた時だった。
「そんな可愛らしい姿で考え事に没頭していると、忽ち攫われてしまいますよ」
「ひっ!!」
不意に背後から抱き締められ、耳元に息を吹きかけられる。びくりと肩を大袈裟に跳ねさせ、後ろを振り向けば、今まで伊月の頭を悩ませていた張本人たる赤司がとてもいい笑顔でそこに、いた。
「え……えっ?」
緩い腕の拘束から逃れ――でもなぜか両手は繋いだまま――、タキシード姿の赤司と向かい合う。伊月は状況がさっぱり飲み込めず、頭上にいくつものクエスチョンマークを浮かべる。対する赤司はそんな伊月ににっこりと微笑むだけ。
ますます伊月の頭上にはクエスチョンマークが増大し、眼前のイケメンフェイスを見つめた。ただただ微笑むだけで、何も言ってこない。思わず繋ぐ手に力を込めれば、答えるように相手も握り返してくる。
「あー……っと、赤司?」
「はい」
自分から話そうとしないだけで返事はしてくれるようだ。
「どうして、いるんだ」
「伊月さんの誕生日を祝う為です。誕生日おめでとうございます」
「あ、ああ。ありがとう」
今日、実質初めてまともに祝われてジーンとした感動に包まれる伊月。直接祝いに来るなんてさすがは赤司、やることが違うな。うんうん、ストーカーのごとく見守ってるだけのヤツらとは大違いだ。
ふわっふわの笑顔で頷いている伊月が下手くそに話題を変えようと唇を動かそうとして、止めた。いつの間にか鼻の頭同士が触れる程、赤司が顔を近付けてきたからである。このままでは赤司と接吻してしまう。伊月は日頃の柔軟で鍛えた体の柔らかさを駆使し、限界までのけぞった。
「伊月さん?」
赤司が怪訝そうな声で伊月を呼ぶ。
「なに? ダジャレ聞きたい?」
とっさに腕を回し、伊月の体を支えた赤司は緩く首を振る。ぐっと下半身を寄せ、徐々に腹から触れる部分を増やしていくかのように密着していく。
逃げる伊月、追う赤司。
体の限界を感じ、力尽きた伊月が赤司諸共床に崩れ落ちることで決着は付いた。倒れた衝撃で背中への多少の痛みと床の冷たさは感じるも頭には痛みも何もないことに気付いて。それどころか頭を守られたかのような感触があり、伊月は衝撃に備えて閉じていた目蓋を急いで開ける。
当然のことながら目と鼻の先には赤司の端正な顔があった。唇に掛かる微かな息使いに距離の近さをまざまざと見せつけられる。そのことを意識すれば、伊月の頬は熱を帯び、初めての行為を目の前に恥じらう少女のような仕草で体を縮こまらせた。
赤司の手が頬を滑る。固く結ばれた唇まで下りた指先が、まるで何かを強請るようにそこをゆっくり撫でた。
――さよなら。オレの素敵なキス。
「させねーよ!」
見知った声と共に至近距離にあった赤司の気配がなくなり、恐る恐るそちらに視線を移す。そこには不服そうなオーラを放つ真顔の赤司を両側から抱える鬼の形相の宮地と森山の姿がある。舌打ちする赤司の頭を遠慮なくひっぱたく黛を見て、こんなこと出来るのはこの人くらいだと妙なところで関心してしまった。
「大丈夫ですか?」
「あ、うん。大丈夫」
いつの間にかそばにいた黒子に支えて貰いながら、ゆっくりと体を起こし、立ち上がる。服の埃を適当に叩きつつ、今更ながらコスプレ(しかも女装)していたことを思い出す。一人だけこんな格好をさせられ、恥ずかしさで穴があったら入りたいぐらいだ。しかし、長時間着ているせいか慣れてきているのもまた事実。
――もしかしたら、自然にしていた方が普通に見えるんじゃないか?
今も、自分の服装に一人もツッコむものはいない訳で……ハッ!
「ナチュラルになっちゅらん! キタコレ!」
「ぶはっ、この状況でダジャレとか伊月サンてばハートつえー!」
「いやあれはダジャレ未満だろ」
ダジャレそのものよりもこの状況下でダジャレを言ってのける伊月のハートの強さに声を上げて笑う高尾と、呆れ顔で眼鏡を上げる日向。いつの間にそばまで来たのか不思議でならない。しかし、もっと不思議なことがここにはあった。
そう、赤司のプレゼントは何なのか、である。
「っていうか、なんでみんないるの」
でも、その前にこちらを解決するのが先かもしれない。伊月が言えば、宮地や森山、黛、黒子や高尾、日向はきょとんとしたあと、「そりゃあな」「ね、だよね」などと顔を見合わせながら頷きあった。宮地達に説教されまくっていた赤司もさり気なく加わっている。
「だってお前誕生日じゃん。祝いに来たに決まってんだろ」
宮地の言葉に頷く一同。
「はあ?!」
思わずといった様子ですっとんきょんな声を上げる伊月。祝いに来たのにずっと背後のセットの裏に潜んで――いるというには大変お粗末なレベルではあるが――いたのか、この人達は。
「なんで」
――赤司に接吻されかけるまで出て来なかったんだ。
しばらくの沈黙の後、黒子が意を決したように重くなった唇をゆっくりと動かし始めた。
「……最初から登場したかったのですが、アルプスの大草原に横膝で座っていそうな可愛らしい伊月先輩をうっかり襲ってしまいそうで」
ん? 襲う?
「裏で牽制しあってるうちに赤司君が登場してますますややこしくなってしまいました。すみませんでした」
誕生日おめでとうございますで締め括り、頭をぺこりと下げる黒子に曖昧に返事をしながら、今し方言われた言葉を懸命に咀嚼する。出来れば可愛い後輩の口からは聞きたくなかった言葉も一、二個あったような気がしないでもないが。
伊月の脳内では襲う、牽制、舞う複数枚の婚姻届、結婚は結構というダジャレ、日向の眼鏡のスペアの数、産卵期の雌鮭に群がる雄鮭の群れ、一妻多夫という造語がひしめき合っていた。おかげで思考回路はショート寸前である。今なら愛と正義の美少女戦士になれるかもしれない。男だけど。
ちなみに日向と黒子からのプレゼントにも婚姻届が付いていたのだが、「伊月君が困っちゃうでしょ」と輝くいい笑顔でのたまった相田に握り潰されている。
「しかし、まさか赤司が禁断のプレゼントはオ・レ! を実行するとはな」
「この世で一番のプレゼントになり得る確信があったので」
「お前のその自信、どっから湧き上がってくんの?」
森山が関心したように言えば、赤司はどことなくドヤ顔で言葉を返す。黛はその姿にものすごく引いた表情を浮かべ、高尾は笑いの波に耐えられず、ぶふっと吹き出した。
「勿論貰ってくれますよね」
更に赤司はものすごく素敵な笑顔でイエスの答え以外受け付けないというプレッシャーを伊月に向けてくる。他の人達のように雑貨や食べ物なら素直に受け取るのだが、赤司本人がプレゼントとなるとそうはいかない。確かに内容はなんであれ貰えるのは嬉しいのだ。だが、人一人を貰うのはさすがに躊躇ってしまう。
というか、意味合いによっては赤司や自分自身の人生さえも左右しかねない案件である。そう簡単に返事は出来ない。
困り果てた伊月がどうしようか悩んでいると、大丈夫だ安心しろとでも言いたげに肩に手を置かれる。日向だ。赤司を真っ向から見据え、纏う空気は雄々しく、鋭い。今の日向は試合時の姿とよく似ていて、とても頼もしく見えた。
そして、日向は腕を組み、声を大にして言うのだ。
「伊月はオレの嫁だから!!」
「ファッ?!」
日向の嫁になった覚えなんて一切ないのに何を血迷ったことを言っているんだろうか。唖然としたまま、日向を見つめていると、その横に黒子が並び立つ。
「いいえ、伊月先輩はボクの嫁です!」
ブルータスお前もか。
「いや、伊月はオレの可愛い嫁だ」
「は? 何言ってんだよ。伊月はオレの嫁だっての」
「伊月はオレの(三次元の)嫁だが」
「はいはーい! 伊月サンはオレの嫁でっす!」
黒子を皮切りに森山、宮地、黛、高尾が次々と声を上げる。赤司と日向も加わり、本人を目の前にして「伊月はオレの嫁」と言い合いを始めてしまう。声を掛けようにも本日の主役そっちのけでヒートアップしてしまい、割ってはいる隙間もない程だ。
一触即発の輪の外でおろおろしていると、足元に小さな気配を感じた。見れば、ビニール袋に包まれた色紙をくわえたテツヤ2号が行儀良く座っていたのだ。
なんだ、天使か。
「2号来てくれたのか、ありがとな」
「わんっ」
腰を下ろし、2号の頭を優しく撫でてやる。すると撫でられたことに気を良くした2号は返事をするように元気に鳴いた。当然そんなことをすれば、しっかりくわえていた筈の色紙は落としてしまう訳で。なんで落ちちゃったんだろうと小首を傾げて色紙を見る2号はそれはもう可愛かった。うっかり抱き締めちゃうぐらい可愛かった。
2号のもふもふを堪能しつつ、拾い上げた色紙を見やる。達筆な文字で自分の座右の銘である『常に柔軟に』という言葉が書かれていた。誰が書いたのだろうか。不思議に思い裏面を見ると誠凛カラーの誕生日カードが貼られており、そこにはこれまた達筆な文字で顧問の武田先生の名前が掛かれてあった。この色紙は大事にしたい。
伊月は武田先生直筆色紙を大事にプレゼントの山の一番上へ置き、改めて2号を抱きかかえる。「何して遊ぶ?」なんて聞きながら、2号のもふもふふわふわの毛をこれでもかと撫で回す。そうだ、貰ったまるお似のぬいぐるみと2号の編みぐるみを並べて撮影会と洒落込むのもいいかも。でもやっぱりバスケかなーとボールを探し、辺りを見回している時だった。
「伊月!」
突然宮地に名前を呼ばれる。そちらに視線を移せば、先程まで言い争っていた七人が必死の形相でこちらを見ていた。
「な、なんでしょうか……」
思わず敬語になってしまったのは致し方あるまい。
「伊月さん、あなたに相応しいのはオレですよね」
赤司が笑顔でそう言えば、
「だから赤司はいろいろハードル高過ぎだっての! その点オレは全く問題ないし! という訳でオレにしましょ伊月サン」
キメ顔の高尾がここぞとばかりにアピールし。
「うるせー高尾! 轢くぞ!」
「野蛮な宮地はほっといて、オレと愛の逃避行と洒落込まないか?」
「森山もうるせー! いいかお前ら、伊月はオレの! な、そうだよな?」
森山が相変わらずの歯の浮くような台詞を吐けば、すかさず宮地が自分のものだと主張する。
「いい加減にして下さい。ボクの伊月先輩が困ってるじゃないですか」
「困らせてんのはお前もだろうが旧型」
「うわっ黛さんいたんすか」
黒子と黛の新旧影コンビが静かに火花を散らし、日向は後輩の加勢をすべく黛に嫌みにもならない嫌みを言った。
自分の方が伊月に相応しい。自分の方がより伊月を好きだ。再びぎゃいぎゃいと騒ぎ始め、頭の痛くなる心地になりながら成り行きを見守る。無駄に時間だけが過ぎる中、伊月は2号と一緒にこっそり帰ってしまおうかと頭の片隅で考えた。
その時、七人一斉に自分の名前を呼ぶのである。肩を跳ねさせ、瞬きを繰り返す。今から何を言われるのだろうか。
もしかして脱げとかそういう……いやまさかそんな誕生日なのにそんな体と体のぶつかり合いとかはバスケだけにしたい。
困惑の極みに達した時だった。日向が伊月の前まで躍り出て、両肩をぐわぁしっと掴まれる。妙に力の籠もる手を感じながら「オレ、(服装は)女の子なのに!」そんなことを口にしたらどうなるんだろうなんて現実逃避してみた。手を外す外さないの前に在らぬ誤解を招いて自爆しそうだから絶対に言わないけれど。
「で、お前は誰を選ぶんだ……?」
これはこれで、聞かれたくなかった案件である。
幼なじみの頼れる主将、仲間思いの後輩、ガチのドルヲタ、HSKリア充、成功率ゼロパーセントのナンパ男、アニメ系オタク、魔王系男子。いつの間に自分はゲームか何かの主人公になってしまったのだろうか。なんだこれ嫌すぎる。
――全員にごめんなさいしたい。
しかし、そう簡単には断れない雰囲気に喉が詰まる心地がした。どうしよう、どうすれば穏便にお断りすることが……。
「わふ?」
抱きかかえる2号が不思議そうに小首を傾げた。
なるほど、この手があったか。
「……オレ」
伊月が意を決したように話し始めれば、辺りには張り詰めた空気が流れる。誰かがこくりと喉を鳴らした。
「オレ! に、2号を選びます!」
「………………じゅ、獣姦?」
それはそれで……という空気を蹴散らすように、伊月は一人一人の鳩尾に鷲の鉤爪を決めていく。そして伊月が大量の誕生日プレゼントを抱え、会場を去ったあと、残されたのは伊月に何をされても全て喜びに変換する七人の勇者だけだった。
10月23日、誕生日おめでとう!!!
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