※伊月総受け。
※キャラ崩壊と伊月への2000パーセントの愛で出来た、特に盛り上がるところのないいつも通りの残念なお話です。










 ――今年もとうとう、この日がやって来てしまったのか……。
 ピッチピチの花の十代だというのにブラック企業に捕まって嫌というほど働かされているくたびれたサラリーマンのごとく疲労感を全面に漂わせ、とてつもなく重苦しい溜め息を吐き出したのは我らが尊き大天使こと伊月俊である。思わず自らの腕の中に招き入れ、思う存分惰眠を貪っていいのよと言わずにはいられない姿だ。
 しかしなぜ、伊月はこんなにも疲労感を漂わせているのだろうか。誕生日だというのに。
 そう、誕生日。年に一回、必ず訪れるカレンダーには決して載らないこの世に生まれた証たる記念すべき日。人によっては実年齢を突き付けられて、現実から目を背けたくなったり。自分はこんなにも年を取っていたのかとアンニュイな気分に陥る日。けれどそれらは二十代後半からふとした瞬間に思うものであり、何の躊躇いもなく、祝われることへの喜びを感じることが出来る十代ならば、疲労感など全く感じさせない喜色満面な雰囲気を漂わせている筈である。
 なのに、どうして伊月は……。
 スポットライトの光に照らされて、部屋の中央付近に佇む伊月は肩から下げた『今日の主役!』と赤色と金色の二色で刺繍が施してあるタスキを両手でぎゅっと握り締める。諦めを滲ませた表情から吐き捨てられた言葉は伊月が纏うただならぬ疲労感の答えを内包しているようだった。

「……去年、女装回避出来たから、今年も回避出来るかと思ったのに」

 ぐっと下唇を噛んだ伊月。の服装は青いワンピース、白いブーツ、頭には大きな水色のリボン。アルプスの少女の友人である足の悪い――最終的には再び立てるようになった――女の子のコスプレである。可愛らしさを残しつつ、清楚さを滲ませた姿で頬を染め、じんわりと瞳を潤ませ、下唇を噛む姿は庇護欲を誘い、加速させた。
 セットの裏で大きな物音やガラス製品が割れる音と共に「伊月可愛過ぎかよ!!!!」とか「伊月先輩マジ天使!!」などとテンション高めの声が複数聞こえたような気がしないでもないが、きっと秋風の茶目っ気溢れるイタズラのせいだろう。気のせいだ、気のせい。

「女装したまま除草した、キタコレ!」

 またもセットの裏から「何もキてねーよダアホ!!」とツッコんでくる威勢のいい声が聞こえてきたような気がしないでもない。誕生日なのになぜか女装させられ、ド派手な装飾が施された誕生日仕様の部屋に一人ぼっちでいたからだろうか。寂しすぎて幻聴が聞こえてしまったなんて。
 ――思っても、出て来てくれない訳ね。
 伊月は自分の思う通りに事態が好転しないと悟り、短く息を吐いた。しかし、先程一つダジャレ言ったからか少しばかり気持ちが浮上したように思う。今にもダジャレの素晴らしさについて熱く語り出しそうな伊月をそのままに、スポットライトの光だけだった部屋にぱっと明かりが灯る。

「えっ……なにこれ」

 眼前に広がる光景に伊月は茫然とした表情を浮かべた。なぜならそこには数え切れないほどの色鮮やかで煌びやかな包み達が小さな山を築き、自分達の出番を今か今かと待ちわびている。形だって大きさだっててんでばらばらだけれど、伊月の誕生日を祝いたいと思う気持ちは皆一様に同じなのだろう。
 嬉しい反面、特に目立つところがない自分のような人間にここまでのことをして貰い、大変申し訳なく思う。とはいえ、せっかく贈って貰ったのに突き返すのは失礼に値する。ここは有り難く受け取り、どんなものが贈られてきたのか確認してみようではないか。伊月は緩む頬をそのままに煌びやかな山の中から一つ、一番手前に置いてある朱色の包装紙にすっぽりと覆われ、白色のリボンをあしらったバケツ大の包みを手に取った。
 重い。いや、形と比例していると考えれば、妥当な重量感なのかもしれない。包装紙越しに感じる謎のプラスチック感に首を傾げつつも添えられた誠凛カラーの誕生日カードに目を移す。

「お、水戸部と火神からか」

 それに書かれたお祝いのメッセージと贈り主を読み上げ、二人の姿を思い浮かべる。チームメイトである水戸部凛之助と火神大我の組み合わせに珍しさを感じるも、二人で頭を寄せ合い相談しあう姿はきっと微笑ましいに違いない。にまにまとした笑顔を携え、伊月は白色のリボンを解いて、朱色の包装紙を丁寧に開けていく。

「こっ……これは!!」

 中から出てきたのはバケツプリンならぬ、バケツコーヒーゼリーだった。

「たべ、た、たべていい、の……?」

 料理上手な同輩と後輩が一緒に作ったであろう大好物の姿に若干挙動不審になりながら誰ともなしに聞いてしまう。部屋には(一応)伊月一人な為、肯定の言葉もないが否定の言葉もない。沈黙を肯定と受け取った伊月は周りをもう一度よく確認してから、添えられたスプーンを手に取った。
 こくりと生唾を嚥下し、恐る恐るといった様子でバケツコーヒーゼリーの真ん中にスプーンを差し入れる。ゆっくりと一匙分掬い上げた褐色のぷるぷるをうっとりと見つめ。「ありがとう、いただきます」と小さく呟いてから口の中へ放り込んだ。

「……っんまー!! はっ、馬が人参食べて言いました。うまーい! キタコレ!」

 どこからともなく――といっても、先程と変わらずセットの裏辺りから――聞こえてきた「キてねーうえに人参どっから出て来たダアホ!!」という最早反射に近いツッコミを完全に無いものとして扱って、出来立てほやほやのダジャレをネタ帳にしっかりメモする。納得の出来だった。満足げに数度頷き、再びバケツコーヒーゼリーに手を伸ばす。
 と、視界の隅で自分には到底似合わないであろう愛らしい物を見つける。そちらに視線を移せば、赤色と白色のリボンでぐるぐる巻きにされた愛犬まるおそっくりの犬のぬいぐるみ。その横にはまるお似の犬のぬいぐるみより一回り小さいが精巧な作りのテツヤ2号の編みぐるみがオレンジ色のリボンで着飾り、ちょこんと座っていた。
 可愛い。曲がりなりにも体育会系の男子高校生がぬいぐるみだなんて……と思うが、そりゃあもうべらぼうに可愛い。本物と並べていっぱい写真を取りたくなるぐらい可愛い。可愛い。なんやこれ可愛過ぎか。
 伊月は誘われるまま、二つのぎゃんかわぬいぐるみをぎゅっと抱き締めた。桃色に色づいた頬をこれでもかと緩ませ、辺り一面に花でも咲かせんばかりの幸福オーラを身に纏うその姿は正に天使。「お前が可愛いよバカ! 天使! 好き!」という叫びは尋常ではない回数の不振なシャッター音によって掻き消された。もちろんぬいぐるみに夢中な伊月は謎のシャッター音などに一切気付いていない。たぶん。

「このぬいぐるみ、コガと……秀徳の大坪さんから、えっ……2号の編みぐるみって大坪さんの手作り?!! うわ、すごいな……大事にします。二人共ありがとう」

 ひとしきりぬいぐるみをぎゅっぎゅした伊月は添えられた誕生日カードに目を移す。一枚は誠凛カラーで同輩である小金井慎二の名前が、もう一枚は秀徳カラーで主将の大坪泰介の名前が書かれてあった。しかも2号の編みぐるみは大坪の手作りらしいのだ。匠の技に感嘆の息を漏らし、汚さぬようにコーヒーゼリーから少しばかり距離を空けてあったそっと二つのぬいぐるみを寄り添うような格好で置いた。
 次に伊月が手に取ったのは赤色でもみの木柄の包装紙にくるまり、緑色のリボンがくるりと結ばれた包み。そして、その横にあった未開封の白のソックスと山崎弘と書かれた新品の無地タオル。タオルには『プレゼントなんてするかよバァカ!』と書かれたプリントの切れ端のような紙がセロテープで止めてあった。山崎の名前とメッセージから察するに霧崎第一の花宮真の仕業だろう。うっかり「べ、別にお前の為にやってねーし!」なんて典型的なツンデレ台詞を吐くちょっと照れた仕草でこちらをチラ見する花宮を思い浮かべ、微妙な心地になってしまう。しかしこのタオル、名目上プレゼントではあるが、どんな入手経路なのか分からないし、そもそも山崎の名前入りだ。……これだけは持ち主に返そう。それがいい。
 とりあえずタオルはぬいぐるみの横に置いて。今度は未開封の白のソックスに視線を移す。そこには陽泉カラーの誕生日カードがこれまたセロテープでくっつけられていた。贈り主は劉偉。その姿を脳裏に浮かべ、留学生の劉(キタコレ!)なら仕方ないとソックスはそっとタオルの上へ。ソックスのサイズが普段伊月の履くものより大きく、きっと履いたらぶかぶかだ。でも、こうしてプレゼントを贈ってくれたことが何よりも嬉しい。
 そう思いながら、ちょっと先取りしたクリスマス仕様の包みに添えられた誠凛カラーの誕生日カードを見た。

「贈り主は、木吉鉄平……うん! なんとなくそんな気はしてた!」

 同輩のセンスに脱帽しながら包みを開ければ、現れたのは丁寧に畳まれた一着の洋服。広げてみると、眼に優しくないショッキングピンク色の文字でI love KOKESHIと書かれたTシャツがお目見えした。なんだか普段木吉が着ているものとそう変わらないサイズのように思える。
 考えに考えた末、伊月はまず自分の体にTシャツをあてがってサイズを確認してみた。大きい。次にタグを確認してみる。大きい。大は小を兼ねるとも言うし、誰に聞かせる訳でもない言い訳じみた台詞を飴でも転がすように口にして、Tシャツに袖を通してみた。案の定、服の上から着てもだぼつくぐらいの大きさだった。なんか悔しい。「彼シャツってやつだな!」何の悪気もない爽やかな笑顔の木吉の姿が脳裏を過ぎり、無言でTシャツを脱いだ。
 Tシャツを適当にたたみ、タオルとソックスの上へ。さて、と気を取り直して山の中から手に取ったのは封筒三つと秀徳カラーでお馴染みのオレンジ色のリボンを可愛らしくあしらったどこぞの部族の奇抜で妖しいお面と、お面の飾りの一部かのようにそっと添えられた蝉の抜け殻だった。伊月は封筒とお面と蝉の抜け殻をしばし見比べ、お面と蝉の抜け殻をTシャツなどの布製品の横に置く。ちらりと見た秀徳カラーの誕生日カードとそのカードにセロテープでくっつけてあった古典のプリントの切れ端に書かれていた名前でなんかもういろいろ察しがついてしまったからだ。
 伊月の予想通り、緑間真太郎は誕生日に不運になっては大変だからと天秤座の今日のラッキーアイテムを、青峰大輝はこの時期には珍しい完全体が残っていたからという理由である。各々が善意から贈った心の籠もったプレゼントだという事には間違いないのだが、貰っても扱いに困るものがあることも理解して欲しい。三つの封筒うちの一つ、紫色の封筒――陽泉の福井健介が贈ったプレゼント、ぱっちんガムの餌食になりかけて慌てふためく伊月がどう考えているかは定かではないが。
 続いて、水色の封筒から取り出したのは某牛丼チェーン店の割引券一枚。これは洛山の根武屋永吉から。そして最後の一つ、黒色の封筒からは春日さんと二人っきりで一日遊べる券と書かれた手作りの短冊型の紙が一枚。これは正邦の春日隆平からだ。根武屋のは有り難く使わせて貰うとして、問題は春日の一日遊べる券である。使うにはちょっと躊躇いが生じるし、使わないのも失礼な気がして。それを考えるのは今度でいいかと封筒達は蝉の抜け殻付きお面の横に。
 すると伊月は、とんでもない発明を閃いたかのような顔をして懐からネタ帳とペンを取り出し、言った。

「お面を付けたイケメンがどんぶりの中を見て一言、『オー、メン!』 キッタコレ!」

 今日三つ目のダジャレを。
 「ヤバい、調子いい、ナイスじゃないっすか」と呟きつつ、嬉々として新たなダジャレをネタ帳に書き込む。今日一の出来に思わず声高らかに自画自賛してしまいそうだ。自分の才能がコワいぜ。「だからキてねーって!」とか「つまんねーダジャレいってんなよ轢くぞ!」とか聞こえたような……いいや何も聞こえなかったぜ。






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