「なまえ、何なのその顔。やめてよね」
吸血鬼に言われるがまま、結局は付いてきてしまった。シャイニング城に入るのは久しぶりだ。吸血鬼ーーー名前はアイレスと言うーーーは眉をひそめた。
「どんななまえも好きだけど、せっかく城まで来たのに少しくらい笑ったら?」
「なんで楽しくもないのに笑わなきゃいけないの」
ぶすっとした顔のまま、なまえはソファに寝転がる。紅いサテン生地の造りの良いソファは、ロココを思わせる装飾が施されている。一体いつからここにあるのだろう。古びてはいるが、きちんと管理しているのか清潔感があった。
城に連れてこられてから、なまえはずっとこの態度のままだ。アイレスは溜息をつく。
「なまえの好きなセイロンのダージリンを入れてあげる」
それで機嫌直してよね。少し淋しそうな声色になまえが顔を上げる。怒らせてしまったのだろうか。心配そうにアイレスを見上げると、ぽん、と頭に手が置かれた。そのまま子どもをあやすように撫でられる。
「ボクがこんなことするのは、なまえだけだからね」
「…………ミルクも忘れないでよね」
本当に、素直じゃないんだから。ボクの素直さを少しは学んで欲しいくらいだ。そこがかわいいんだけど。
そう思いながら、なまえが好きだと言ったから取り寄せた紅茶の缶を取り出した。これだって、本来そんな簡単に手に入るものではないのだ。「彼」に頼んで、やっと手に入ったもの。それでなまえの喜ぶ顔が見られるなら、安いものだ。
2ヶ月ぶりに会うなまえは、どこか大人びた気がする。でも、まさか人間の、しかも村長の息子と一緒にいるとは思わなかった。そもそも人間が彼女に近づいたこと自体が珍しい。なまえ自身も彼らと関わる必要はなく、そのほうが楽でいいと言うが、本当は誰より人間が好きで、人間と関わり合いたいのだということをボクは知っている。だから、きっとさっきも村長の息子に何か頼まれたのだろう。大方村長が怪我でもして、薬草を求められたに違いない。なまえはお人好しだ。人間が好きで、関わりたくて、頼られれば助けてしまう。本当に愚かだ。愚かで、愛おしい。誰にも渡したくない。ボクのなまえ。ボクが守ってあげないと、彼女はいつまでも夢を見て、何度も期待しては傷付くんだ。
きっちり手順を守って淹れた紅茶を持っていくと、なまえは窓の近くに立っていた。窓の外を見ている。なまえは、絶対にボクに黙ってどこかへ行ったりしない。簡単に誰かを裏切ることが出来ないんだ。
「なまえ」
振り返ったなまえの目は虚ろだった。きっと昔の事でも思い出していたのだろう。下らない。過去なんて、必要ないものだ。
そっと彼女に近付くと、抱き締めた。なまえは一瞬身じろぎ、そのまま大人しくなった。
「ねえ」
早くボクのものになればいいのに。
「もう人間に期待するのはやめなよ」
吸血鬼は人よりずっとずっと永く生きる。でも、何百年生きてきたって、君の涙を止める方法を知らないんだ。


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -