真斗は毎朝、5時きっかりに起きる。起きてすぐにすることは知らないが、一通りの支度を終えた後はすぐに朝食作りに取り掛かる。真斗は和食しか作らないように見えるけれど、お願いすれば洋食の朝御飯だって用意してくれる。以前我儘を言った私のために、フレンチトーストにスクランブルエッグ、パリッパリに炒めたウィンナーにコールスローサラダ、果てはエッグベネディクトまで用意してくれた。真斗がエッグベネディクトなんて知っているはずがないから、きっと慣れないインターネットで調べてくれたのだろう。
勿論私は真斗の作る和食が嫌いと言うわけではない。むしろ大好きだ。とくに、ゆっくり煮込んだ肉じゃがとか、何時間もかけて作った豚の角煮とか。肉ばっかりだけど、もちろんほうれん草のおひたしや金平牛蒡なんかも大好物だ。真斗の栄養満点の朝御飯のおかげで、私は滅多に風邪をひいたりしない。
そんな真斗シェフの今日の朝食のメニューはというと、ごはんに味噌汁、こんがり焼けた塩鮭に納豆、それからほうれん草の胡麻和え。どれもとっても美味しそう。

「おはよう真斗」

キッチンの奥で洗い物をする真斗に声を掛ける。割烹着の似合うこと。きっと世界で一番割烹着が似合う男。

「おはよう、なまえ。今日は早いのだな」

「うん。友ちゃんたちとテスト勉強するから」

「勉強熱心で偉いな。音也も少しは見習ってくれたら良いのだが」

「音也は部活頑張ってるからいいんじゃないかな。私は逆にそういう人に自慢できることってないし」

「そんなことないよ、ハニー」

「わ、」

突然肩にずしっと体重がかかった。この香水の香りは。というかこんな香水なんて付けるのは。

「レン。おはよう」

「おはようハニー。朝からそんな元気のないことを言うなんて、真斗に虐められたのかい?」

レンがこんなに朝早く起きるなんて珍しい。なんて思いながら、やんわりと載せられた手を交わす。

「ううん。なんでもないの。レンこそこんな朝早くにどうしたの?」

「バロンが駅まで送って欲しいんだってさ」

「カミュが?ゼミかな?」

「そうだよ。和菓子の本店を見学するために京都まで行くんだって」

「えー!すごい!」

さすがカミュ。本気でパティシエを目指してるようだ。それでも製菓の専門学校ではなく大学へ進学したのは、彼の勉学への真摯な姿勢のためだろう。
洗い物を終えた真斗がお弁当を包み始めた。そうだ、お弁当も楽しみだ。

「なまえ、もう出るか」

「いや、もう少ししたらいく」

「じゃあなまえも送って行ってあげるよ。40分に出発でもいいなら」

「本当?ありがとう」

レンが送ってくれるなら、予定よりもゆっくりできる。音也を起こしてこようか。そう思っていると、背後で気配がした。

「おはようございます」

寝癖ひとつない頭で、トキヤがリビングへ入ってきた。ネイビーのカッターシャツにはアクアブルーのストライプが入っていて、隅まできちんとアイロンがかけてあるのか皺なんてどこにも見当たらない。細身のチノパンも同様だ。
大学に入学してからというもの、トキヤは今まで以上に服装に気を使うようになった。もともとオシャレだと思っていたけれど、最近は毎日違う服を着ている。それを見た私たちは、トキヤのいないところで「彼女でも出来たんじゃないか」なんて噂してる。

「おはようトキヤ。早いね」

「おはようございます、なまえ。今日は午前中にバイトが入っているので」

トキヤは、塾の講師のバイトをしている。それから、もうひとつ別のバイトをしているみたいなんだけど、私たちには教えてくれない。真斗には言ってるみたいだけど、真斗は守秘義務があるとかなんとか言って教えてくれないから、わからないままだ。如何わしいバイトなんじゃないかって私は心配してる。

「レンが早いなんて珍しいですね。何かあるのですか」

「おはようトッキー。バロンと名前を送っていこうと思ってね。トッキーも乗っていくかい?」

「ありがとうございます。ですが、まだ時間があるので大丈夫です」

やんわり断ると、トキヤは椅子に座って新聞を読み始めた。日曜のお父さんみたいだ。

「なまえ、そろそろ音也と翔を起こしてきたらどうだ。朝食を食べる時間がなくなる」

真斗に言われて、そう言えば朝食を食べていないことに気づいた。途端にお腹がすいてくる。わかった、と返事をして二階へ上がった。
音也の部屋は階段を上がってすぐの、一番近い部屋だ。翔ちゃんの部屋はその隣。ちなみに音也の向かいが真斗、その隣がレン、突き当たりが今はいないが那月の部屋だ。
那月は、2ヶ月前からオーストリアへ留学している。幼い頃から習っていたヴィオラをもっと学びたい、と言って。あんなに家族が大好きな那月が家を出て行くという決断をするなんて、私たちは最初信じられなかった。だけど、那月が望んだ道だ。反対する人はいなかった。空港で那月と最後にハグをした時、私は涙が止まらなかった。きっと、那月だって淋しいのは一緒だ。応援しなくては。だんだん那月のいない生活に慣れてはきたけれど、やっぱり思い出すと寂しくなってしまう。

「あれ、なまえ」

思い出に浸っていると、翔ちゃんの部屋のドアが開いた。寝起きって感じの翔ちゃんが、頭を掻きながら出てくる。そうだ、翔ちゃんと音也を起こしに来たんだった。

「おはよう翔ちゃん。私もレンも今日早いから、朝御飯食べよ」

「そうなのか。じゃあ音也起こしてくわ」

「ありがとう」

翔ちゃんが任されてくれたので、音也は翔ちゃんにお願いすることにした。階段を降りると、味噌汁のいい匂いがしてきた。ああ、早く食べたい。
リビングへ行く前に部屋に寄った。私の部屋は一階の奥だ。ちなみに隣は客間。私だけ一階だけど、その代わりなのか他の兄弟よりも部屋が広いから、私は気に入っている。
部屋で素早く制服に着替えると、姿見の前に立つ。女の子は、いつも綺麗でいなくちゃ。なまえには、いつだって素敵な女の子でいてほしいからね。小さい頃から、そうレンに言われてきたからか、毎日姿見を確認する癖が付いている。髪は整っているか、スカートの裾は捲れていないか、襟は立っていないか。最低限の身嗜みと、それから女の子としてのチェック。化粧はしていないけれど、グロスだけはいつも塗るようにしている。翔ちゃんに貰ったものだ。朝御飯を食べてから塗ろっと。ぱしん、と両頬を軽く叩く。準備完了だ。
鞄を持って、リビングへ向かう。

「音也おはよう」

「おはよー…なまえ…」

リビングには、全員揃っていた。音也は半分寝ていたけど。真斗が全員のご飯をよそう。眠そうな音也だけど、ご飯は大盛りだ。

「さて、頂くとしよう」

真斗が席に着く。私もその隣に座った。お箸を並べるのはレンの仕事。

「いただきます」

我が家の朝御飯は、全員一緒に食べると決まっているのだ。


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