お店は、路地を二度右に曲がってすぐにあった。小さな店だが、奥行はありそうだ。ショウウィンドウには、現代的な幾何学模様の柄の浴衣を着たマネキンが飾られている。藍ちゃんは迷うことなくドアを開け、中へと入っていく。私も後に続いた。

「わあ、藍ちゃん素敵!」

まずはどんなものがあるか見てみなきゃね、と藍ちゃんが言ったので、私からお願いして藍ちゃんの浴衣を先に決めてもらうことにした。フィッティングルームから出てきた藍ちゃんは、言葉通り、見目麗しい。紺地の浴衣に、薄いグレーのストライプ。それから、黒い三角形がところどころに浮かんでいる。

「とっても似合ってる。藍ちゃん、かっこいい」

思ったことをそのまま口に出して言うと、店員さんに裾を直してもらっていた藍ちゃんがふいっと顔を逸らした。照れてるみたい。でも、浴衣は藍ちゃんに本当によく似合っていた。

「そんなになまえが気に入ったなら、これにする。帯もこれでいい?」

「うん。なんだか、うれしいな」

藍ちゃんが私が選んだ浴衣を着てくれるなんて、我儘かも知れないけれどなんだかとっても優越感だ。藍ちゃんは店員さんにじゃあこれください、と言うとフィッティングルームへ戻っていった。さて、次は私の番だ。近くにあった女物の浴衣を見る。黄色に赤、紫、白、ピンク、黒、青…なんともカラフルだ。どれも綺麗で、見ている側から目移りしてしまう。

「気に入ったのがあった?」

いつのまにか私服に着替えた藍ちゃんに後ろから声をかけられる。振り向いて、たくさんあって迷っちゃう、と首を振ると、だと思った、と藍ちゃんは微笑む。

「いくつかなまえに似合いそうなのを調べておいたんだ。その中から選んでみる?」

「本当?ありがとう、藍ちゃん。そうする」

所狭しと並ぶ浴衣や着物の間をすり抜けて、奥へ奥へと進んでいく。藍ちゃんは5分も経たずに両手に浴衣を抱えて戻ってきた。
店員さんに声を掛けて部屋を借りると、浴衣を床にどんどん並べ始める。

「なまえの好みもあると思って、一応一通りの色は用意してみたよ」

まるで虹の絨毯みたいに、床一面に浴衣が広がる。藍ちゃんが持ってきたのは、全部で8着。どれも私が好きそうな柄ばかりで、わくわくした。

「どれも素敵。どうしよう、やっぱり迷っちゃう」

「じゃあ全部着て、一番なまえに似合うのにしよう」

まあ、どれもなまえなら似合うと思うけど。最近の藍ちゃんは、私に甘い。
さすがに店では藍ちゃんに着せてもらえないので、店員さんに着付けてもらう。一枚目は、黄色地にピンクの小花模様。するすると簡単に帯を巻いて、もう出来上がり。すごい。

「藍ちゃん、どうかな」

フィッティングルームからおずおずと藍ちゃんが待つ部屋へ戻る。振り向いた藍ちゃんと目が合った。なんだか緊張する。似合ってなかったらどうしよう。変だったらどうしよう。藍ちゃんがそばにいると、安心するのに、すぐに不安になる。なんだろう、これ。
藍ちゃんは私を上から下までゆっくり眺めると、

「じゃ、次はこれだね」

とピンクの浴衣を私に手渡した。
えっ。まさかの感想なし。似合わなかったのかと、不安な気持ちが渦巻く。もやもやした気持ちのまま、店員さんに連れられてフィッティングルームへ戻る。
次に着たピンクの浴衣は、白いラインとローズピンクの薔薇が印象的な若者向けのデザインだ。こんな可愛い浴衣、私には似合わない。
沈んだ気持ちのまま、藍ちゃんの元へと戻った。

「藍ちゃん、これ」

先程と同じように、藍ちゃんは私を上から下まで眺めた。どれが一番似合うのか、きちんと見てくれているのだろうけれど、似合うなら似合う、似合わないなら似合わないとはっきり言ってほしい。

「だめだね」

不意に藍ちゃんが小さく呟いた。

「やっぱり選べない。どれもなまえにはよく似合ってる」

「藍ちゃん…」

「比較しようと思ったけど、どうやらボクには難しいみたいだね。なまえが着ると、全部かわいく見える。やっぱりなまえが選ぶしかないのかな」

さっきまでのもやもや、さようなら。こんなに溶けてしまいそうな言葉を掛けてくれる藍ちゃんは、本当に珍しい。例えお世辞だったとしても、藍ちゃんがそう言ってくれるだけでうれしかった。

「ありがとう、藍ちゃん。あのね、この浴衣はちょっと私には派手かなって思うんだけど」

「なるほど、もう少しシンプルなほうがなまえは好きなんだね」

じゃあ、と取り出したのは同じくピンク地の浴衣。白いラインとラベンダー色のラインがピンク地に波打つように交差している。よく見ると、少し濃いピンクのラインもあった。幾何学模様だが控えめで、且つ女の子らしい色遣い。私は、一目見て気に入ってしまった。

「素敵!これ、着てみてもいい?」

「もちろん」

さっきまで、たくさんの色に紛れて見えなかったものが、藍ちゃんの手によってきらきら輝き出した気がした。藍ちゃんは、やっぱりすごい。
店員さんに着せてもらうと、袖を摘んでくるりとその場で回ってみた。わくわくする。早く藍ちゃんに見せたかった。

「藍ちゃん、どう?」

小走りで藍ちゃんの元へ戻る。藍ちゃんの目の前で、もう一度袖を摘んでくるりと回ってみせた。やっぱり私も女の子だったのだと実感する。可愛いものを身につけるだけで、こんなにも心が躍るなんて。

「…………これにしよう」

藍ちゃんからの感想はなかったけれど、目が合ったその一瞬だけで伝わった。似合ってるよ。私たち、以心伝心出来るようになったのかな。


「なまえ、行くよ」

フィッティングルームから出ると、藍ちゃんが大きなショップバッグを2つ持って待っていた。

「え?藍ちゃん、お金…」

「もう払ったよ。ボクからなまえにプレゼント」

「でも、これ高いのに…」

嬉しいけれど、どうやらこのお店はなかなかいいお値段のものばかりで。先程の浴衣も値札こそ見なかったけれど、きっと見た目に反して可愛くないお値段に違いない。慌てて藍ちゃんに駆け寄ると、藍ちゃんが人差し指で私の唇を押さえた。む。

「こういうときは、なんて言うの?」

「えっと…ありがとう、藍ちゃん」

「いい子だね」

花火大会まで、あと2日だ。
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