ヒロトが日本に帰ってくる。それだけでお日さま園はバタバタと慌ただしかった。
優勝祝いと称し、パーティー会場と化したリビングを一瞥した玲名はそのまま玄関の方へ向かう。

「玲名、どっか行くの?」

靴を履いた矢先、後ろからエプロン姿のリュウジに声を掛けられた。

「出掛けてくる。夕方には戻るから」
「もうすぐヒロトが帰ってくるよ?」
「・・・そうだな。じゃあ行ってくる」
「えっ?!ちょっと玲名?!」

驚くリュウジの声を無視し玄関の戸を閉める。さらさらと髪を揺らし、玲名は小走りでお日さま園を後にした。



エトワールは隣で微笑む



(会いたくない、のか・・・?)

行き着いた場所は練習で良く使う河川敷にあるグラウンドだった。芝生の上に腰を下ろし小さく溜め息をついた。
ヒロトが日本に帰ってくる日にちが近づくにつれ、ヒロトに会いたくない、とそう思うようになってきた。そして当日の今日、お日さま園に居たら確実に彼に会うと事となる。どちらにせよ今日中に会う事には変わりは無いのだが、タイムリミットを伸ばした。

「どうしてしまったんだ、私は・・・」

ゴロリ、と寝転がり空を見上げ、雲がゆったりと流れていく様をじっと見つめる。
日本を発つ前に"必ず優勝して帰ってくるよ"と彼はそう言った。そしてその言葉通り、彼らは世界一の称号を手に入れた。それはずっとテレビで見ていたから知っている。画面の中のヒロトはジェネシスの時に見せなかった生き生きとした表情だった。サッカーを心から楽しんでいるように見えた。彼は変わったのだ。

(ヒロトは変わったんだ・・・)

目をそっと瞑る。そよそよと風が心地良い。

(変わって、それで、ヒロトが知らない人になっていたらどうしよう)

会いたくない理由は、きっとそれだ。彼が自分の知っているヒロトで無かったらそれは少し怖い気がする。
ヒロトの顔がふっと浮かんでは、消える。
そよそよと風が吹く中、ゆっくりと玲名の意識は遠のいていった。





「・・・いな、れいな」

耳元に届いた声に、思考が徐々に覚醒する。
目蓋を開け、視界に広がる光景に玲名は目を見開いた。

「は・・・え、お前・・・」

エメラルドグリーンの瞳がじっとこちらを見ている。
目の前に居たのは、ヒロトだった。

「何、してるんだ、お前・・・」
「うん、玲名を探しに来たんだ」
「探しにって・・・」
「女の子がこんなところで寝ちゃ駄目だよ。身体が冷えるといけないし、もし痴漢にあったりしたら大変だよ」
「・・・会って早々、お節介な奴だな」

心配されたようだが素直に礼は言えずにガバッと勢い良く起きあがる。すると髪に草が絡まっていたらしくヒロトがそっと梳くように取ってくれたが、それが気恥かしくパッとヒロトの手を叩いてしまった。

「・・・ところで、お日さま園でお前のためにパーティーをしているはずだが主役のお前がどうして私を探しているんだ」
「だって玲名が居ないと寂しいし・・・こっそり抜けてきたんだよ」
「私は寂しくも何とも無い」
「相変わらずだね、玲名」

苦笑するヒロトだったが、その言葉に玲名は内心ほっと胸を撫で下ろす。

(相変わらず、はお前の方だ)

先ほどの不安も何処へやら。
ヒロトが変わったと言っても根本的なところは変わっていないようだ。
立ちあがり、ヒロトを見下ろす。

(こんな話をする前に他に言う事がある、な)

おかえり、おめでとう、お疲れ様。
今まででヒロトに労いの言葉を放った数は片手で足りるほどだ。しかしまあ、世界を相手に戦い、宣言通りに勝ち上がった彼にその言葉を言うならば今だろう。
ヒロトもゆっくりと立ち上がる。
しかしそこでふと、玲名は違和感を覚え、言葉が詰まった。

「・・・なあ、お前、そんなに身長があったか・・・?」
「え?あ、うん。ちょっと伸びた、かも」

目線が同じ高さ、いやそれより少し上な気がする。
信じられない。たった少しの間でこんなにも成長するものなのか。正直、悔しい。力では勝てずとも身長だけはヒロトに勝っていたのに。

「ずっと厳しいメニューこなしてきたから筋肉も結構ついたんだよ」
「・・・調子に乗るなよ。その筋肉が脂肪に変わって間抜けな身体になってしまえ」

言いたい言葉とは裏腹に嫌事した出てこない。
けれど、ヒロトがその言葉に堪える様子も無く顔を覗きこんできた。

「じゃあ、調子に乗るついでに少しだけお願いがあるんだけど」
「・・・何だ」
「うん、少しだけさ」

そう言ったかと思うと、ぎゅっとヒロトに抱きしめられた。

「おい、何の真似だ」
「んー、お日さま園に戻ってきたんだなっていう確認」
「私で確認するな」
「ねえ、キスしても良い?」
「・・・殴るぞ」

残念、と言いながら顔を上げたヒロトは残念と言いつつもにっこり微笑んでいた。

「ただいま」

やはり、ヒロトはヒロトのままだ。その事に安心する。
二人の間をさらさらと風が通り抜けていく。
玲名は直ぐ目の前の青白い頬にそっと口付けた。

「・・・おかえり」

自分でも驚く行動をとってしまったがそれ以上に驚いてたのはヒロトだった。
青白い頬は直ぐに赤く染まる。

「うん、ただいま。玲名」

玲名が良く知った、基山ヒロトの笑顔がそこにはあった。





(エトワールは隣で微笑む)
おかえりなさい。





※エトワール=花形スター、人気者
※ひとでさん、リクエストありがとうございました*^^*・・・ゆかりんちのヒロ玲ちゃんにしてはあまあまではないのですけど、も;;素敵なリクエストありがとうございました!

11.09.15



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