みーん、みーん、みーん。
蝉は一週間しか生きられないんですって。
だったら私も、蝉と同じね。



日曜日



「じゃあ、行こうか」
「ああ」

ヒロトと玲名は玄関の扉を開けた。
外は青空の中にいくつも入道雲が浮かび、どこまでも夏空が続いていた。
約束の時間はもうすぐだ。
二人は月影ルナが待つ河川敷へと向かった。



「こんにちは」

彼女は初めて会った時と同様に白いワンピースを身に纏っていた。
麦わら帽子を脱ぐと、ぺこりとお辞儀をする。

「わざわざありがとう」

にこりと微笑む彼女を見るとやはり玲名と被ってしまう。玲名はこんな風に笑うことは無いと言うのに。
チラリと玲名を見ると眉を顰め、不機嫌そうな眼差しで彼女を見ていた。

「単刀直入に聞くがお前は何者だ」

玲名のその言葉に困ったように微笑む月影ルナは帽子をすぽりと被った。次に来る言葉を玲名とヒロトはじっと待つ。たった数秒が長く感じられた。

「その事なのだけれど・・・直接私の口からは言っては駄目なの。でも間接的になら大丈夫なのではないかしら」

そう言うと彼女は一歩、二人に近づいた。ヒロトは咄嗟に玲名を庇うように前に出る。

「ねえ、俺たちと会うのは本当に初めて?」
「ええ。直接会うのは本当に初めて」
「と言う事は間接的には会った事があるのかな?」
「私は、ね」
「いつ会ったのかな?」
「私が物心つく頃には、かしら」

そこまで答えると彼女はクスクスと笑った。

「なんだか、埒が明かないわね」
「・・・お前、何の目的で此処に来たんだ」

二人の会話を黙って聞いていた玲名が溜め息をつきながらそう問い掛ける。彼女はきょとん、とした顔をしてみせた後、パッと花が咲くように笑った。いつもの彼女の微笑みとは違い、年相応の嬉しそうな顔をしてみせた。

「二人に会いに来たの!」

風が吹き、彼女のワンピースの裾がふわりと揺れる。

「会いたかったの。だから、来ちゃった」
「・・・どうして」
「パパがね。二人の話をいっつもするのよ。サッカーが上手だった事とか、いつも喧嘩してたけど凄く仲良しだった事とか」
「待て。お前の父親なんて私は知らないぞ」
「そりゃあね。だって二人がパパに会うのはずうーっと先だもの」

ずっと先。
その言葉を聞いた瞬間、ヒロトの頭に今まで無かった記憶が蘇ってきた。
それははっきりと、鮮明に蘇ってきた。

「君は・・・」

ヒロトはじっと彼女を見る。

「君は・・・未来から、きたのかな」

ヒロトの言葉に玲名は目を見開いた。
そんな馬鹿な、そう思いながら月影ルナを見ると彼女はまるで悪戯が成功した子どものように笑った。
そして言ってみせた。

「うん、正解」

まるでその言葉を待っていたかのように彼女はヒロトの言葉に大きく頷いた。





「俺も、過去にいったことがあったんだ。円堂君たちを助けるために…今まで忘れていたけど……」

ヒロトは頭に蘇った記憶をゆっくりと思い返す。
オーガ。そして、円堂カノン。未来からやってきた侵略者を倒すため、助っ人として自分は過去へと飛んだのだ。今となっては信じられない話だが。

「記憶は全て消すことが鉄則なのよ。過去は変えてはいけないもの」
「・・・おい」

まだ驚きを隠せない玲名だったが彼女の言葉に矛盾を感じ、冷静に言葉を放った。

「"過去を変えてはいけない"のなら何故お前は此処へきたんだ。私たちに会うために来たと先ほど言っていたが接触すれば過去は変わるんじゃないのか?未来というのは個人の私情で好き勝手に過去へ飛べるのか。その度にお前たちは過去の人間の記憶を消しているのか」

彼女はそっと目蓋を閉じる。

「・・・私が此処に来なければ、私たちの時代の今が変わってた」

そしてゆっくりと目を開けるとヒロトと玲名を交互に見てゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「あのね。・・・貴方達がこのままだと困ることになるの。パパもいなくなっちゃうしお爺様もいなくなっちゃう。勿論、私も」
「どういう意味だ」
「生まれない、ってこと。パパもお爺様も。あら・・・これアウトかしら?」

ヒロトと玲名は顔を見合わせる。

月影ルナと出会って一週間。何度も訪れる既視感、玲名と重なる彼女。
そして、彼岸花の咲いた黒地の浴衣。

「君、もしかして・・・」
「冗談だろう」

ヒロトの心臓はドッドッと音を立てて鳴っていた。思わずぎゅっと服を握りしめる。

「博士に怒られちゃうかしら。まあでも言ってしまったものはしょうがないわよね。改めて、自己紹介しても良い?」

そう言うと彼女はピンと背筋を伸ばし、にっこりと微笑んだ。

「改めまして、こんにちは。私、基山ルナと言います。お会い出来て本当に嬉しいわ。ひいおじい様、ひいおばあ様」

さらり、と彼女の髪が夏風に吹かれ、揺れる。
思い描いた予想は見事に当たった。一方の玲名もただただ唖然としているようだったが無理も無い。不思議な少女は未来から来た自分たちの曾孫だと、そう言っているのだから。彼女の言葉が本当だという確証は無いが、円堂守の曾孫をその目で見たヒロトにはその言葉が嘘だとは思えなかった。

「このままだと過去が変わるって聞いて、博士に自分が過去に行くってそう申し出たの。責任も大きかったけど、ひいおじい様とひいおばあ様の恋のキューピッドなんて素敵でしょ?」
「それで君は俺と玲名にわざわざあんな事を・・・」
「二人に自分の気持ちを気づいてもらうの、大変だったんだから」

そう言って彼女は笑う。
思わず彼女につられ二コリと笑ったヒロトの腕を玲名が掴んだ。玲名を見下ろすと彼女にしては珍しく混乱しているようだった。

「おい、ヒロト。私はお前と結婚するのか?それに対してお前は何も思わないのか?」
「え・・・そりゃあずっと先の事なんだろうけど・・・俺は玲名とそうなったら嬉しいなって思うよ」
「お前の、面倒を、一生見ないといけないなんて・・・最悪だ」

二人のやり取りを見ていた彼女はクスクスと声をあげた。

「二人って昔からこんな感じだったのね。私、ひいおばあ様に似てるってよくパパに言われるんだけど・・・全然似て無いような気がするわ」
「・・・ああ、だから君が良く玲名の姿と被って見えたのかな」
「そう、なの?ひいおばあ様の方が凄く知的で凄く綺麗だわ。でもひいおじい様がそう言うのだったら、そうなのかしら」

不思議そうに首を傾げながら玲名をじっと見つめる。すると彼女の周りが白く光り初め、その光は少しずつ彼女を包み始めた。

「あら、お迎えが来たみたい。・・・あのね。私が物心ついた頃にはもう二人は居なくって、でもパパやおじい様から話を聞く度に会いたいって思ってたの。ずっと、ずっと、会いたいって思ってたの。だから会えて本当に良かった、お話出来て良かった・・・!」

彼女の姿は白い光に包まれそして輪郭が曖昧になっていく。

「二人の記憶は消えてしまうけど、私は絶対にこの一週間を忘れないから!」

その言葉を耳にした後、眩しさのあまりヒロトはぎゅっと目を瞑った。
そしてそこで意識が途絶えた。





「・・・ロト、ヒロト」

自分を呼ぶ声にヒロトの意識はゆっくりと浮上する。

「起きろ、ヒロト。熱中症になるぞ」

目蓋を開けると呆れた顔で覗き込む玲名の顔があった。身体を起こし、周りを見渡す。其処はいつもサッカーの練習をしている河川敷のグラウンドだった。

「・・・あれ。どうして俺こんな場所にいるんだろ」
「お前も覚えていないのか」
「うん。・・・玲名も?」
「私も先ほど目を覚ましたら此処に居たんだ」
「うーん・・・誰かに呼ばれて此処にきたような、気がするんだけど・・・」

首を捻るが何故こんな場所にいるのか全く思いだせない。
そこでふと、玲名の足元に麦わら帽子が落ちている事に気付いた。

「これ、玲名の?」
「いや。多分、違うと思うが」
「多分?」
「うまく説明出来ないんだが・・・」

それを手に取りヒロトはじっと見つめる、そして、玲名にすぽりと被せた。

「っ!何をするんだ・・・!」
「これ、多分、玲名のだよ」
「は?」
「だって、被ってたような、気がするもん」

最近、ずっとその姿を見ていたような気がする。と言ってもその”最近”でさえも曖昧で良く思い出させないのだが。

「うん、凄く似合ってるし」
「何だ、それ」

玲名はふっと溜め息とつく。

「帰ろうか?」

そう玲名に声を掛けると、彼女は「そうだな」と呟き立ちあがった。ヒロトを待つことなく、彼女は後ろを向きスタスタと歩きだす。

「・・・え?」

その時だった。
ふわり、と白いワンピースをまとった玲名の後ろ姿が現れては一瞬で消えた。
まるで蜃気楼のようなそれにヒロトは心臓をぎゅっと鷲掴みされたような気持ちなる。

「・・・っ玲名!」

どくどくどくと心臓の音が早くなる。ヒロトの声に玲名はゆっくりとこちらを振り返った。そこに居たのは麦わら帽子を被り、膝丈のジーンズを穿いた玲名の姿だったが。

急に伝えたくなった。この気持ちを。
いつからなんて、いつ気づいたかなんて、分からないけれど。
愛おしい、愛おしい。好き、だ。

「あ、あのさ。俺、玲名が・・・!」



蝉の音が聞こえる。
太陽の日差しはまだ強く、入道雲はどこまでも続いている。
彼の言葉に彼女の頬が赤く染まるまで、あと少し。






大好きな、大好きな、貴方達へ。

私の事、知らないでしょう。
だって私が生まれた時には貴方達はもう天国へと旅立ってしまっていたから。
でも、良いの。
二人と過ごした一週間は私の大切な宝物。

ずっとずっと先の未来で待ってます。

貴方達の曾孫より





11.08.18



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