おはよう、と声を掛けると彼はにっこりと笑った。
丁度良い。
彼に、大切な頼み事。
きっと、きっと、伝えてね。



土曜日



一睡も出来なかった。
どうしていいのか、自分でも分からない。

「・・・最悪だ」

玲名はベッドの上で膝を抱きよせた。
ほんの三日前、自分がヒロトの事を異性として好きなのだと気づいた。
初めての感情でどうしたら良いのかわからない。けれど、彼は月影ルナの事が好きなのかもしれない。つまり、失恋、になるのだろう。
それなのに、ヒロトは「玲名が好きだ」と言ってきた。
何がどうなっているんだろう。彼は月影ルナが好きなんじゃないのか。
もうわけが分からず玲名の頭の中はグルグルとしていて、そして一睡も出来なかったのだ。
彼の言葉が嘘だとは思わない。けれど、その好きはどの類の好きなんだろう?
自分が彼を、家族として、チームメイトとして好きだったように、彼もまたそうなのかもしれない。
しかしそうすると矛盾が生じる。彼女との事を誤解されたくない、ということは彼は彼女を好きでは無いのだろうか。だったら・・・

「ああああ!めんどうくさい!」

玲名はベッドの上から飛び降りた。
昨日はヒロトにどんな態度を取って良いのかわからず、自分らしからぬ行動をしてしまった。肩に触れられただけで緊張するなど初めてだったし、祭りへ向かう道中もずっと心臓の鼓動は早く、うまく話すことも出来なかったことも初めてだった。
まるで幼子が初めての経験に戸惑うように、きっと自分も戸惑っていたのだろう。
けれど、このまま一人で考えて答えが分からないのは嫌だ。
どちらにせよ、彼とは顔を合わせることになるのだ。

「聞くか、直接」

パンッと両頬を叩き、玲名はヒロトの部屋へと向かった。





ヒロトの部屋の扉をノックするとヒロトは酷く驚いた顔で出てきた。そして直ぐに顔を赤くしてみせた。
しどろもどろに朝の挨拶をすると「中に入る・・・?」と聞かれたのでそのままお邪魔することにした。

「えっと・・・そこに座って」
「ああ」

促されるまま、ベッドの縁に腰掛ける。少し間を開けて、ヒロトもそこに座った。

「ヒロト、昨日の事なんだが、」
「うん、・・・あ、いや、ちょっと待って」
「何だ」
「ちょっと心の準備させて・・・」

そう言うとおもむろに深呼吸をし始めた。
もしかしてもしかせずともこいつも緊張しているのだろうか。

「うん、大丈夫。・・・改めて、ちゃんと言うよ」

彼の言葉に思わず身構えると、ギシリ、とベッドが揺れた。

「俺さ、玲名が好きなんだ」

昨日の夜、扉越しに聞いた言葉だ。玲名はそっと目を閉じた。
自分が思っている以上に心臓はせわしく動く。

「お前は、月影ルナが好きなんじゃないのか」
「昨日も言ったけど彼女とは何も無いよ。だから、誤解しないでほしいって言ったのに・・・」

ヒロトは困ったように笑った。
何だか気恥かしくなり視線を泳がせてしまう。

「でも彼女はお前の事が好きだぞ」
「えー嘘、それは絶対に無いよ。だって彼女に言われたんだからさ」
「何を?」
「玲名が好きなんじゃないかって事。言われて、気づいたんだ。その時に"まだ気づいて無いの"って聞かれたんだよね。好きな相手にわざわざそんな事言うかな?」

玲名は目を丸くした。
先日の、月影ルナの言葉を改めて思い出す。そう言えば、好きな人は優しくてサッカーが上手で、とは言ってはいたが"誰"とは言ってはいなかった。自分が勝手にヒロトだと勘違いをしただけで。
自分とヒロトは関係無いと、そう答えた時、どうして彼女はあんなに悲しそうな表情をしたのだろう。

「・・・私も月影ルナに言われた。お前の事。だから、私も、」

そこまで言ってヒロトをチラリと見やると、目をキラキラさせてこちらを見ていた。

「・・・なんだ」
「私も、何?」
「流れで察しろ」
「ちゃんと、玲名の口から聞きたい」

グイッと間を詰められ、玲名は思わず身を引く。
面と向かって言うのは何て勇気が居るんだろう。それでも目の前のヒロトは今か今かと待ち望んでいる。
玲名は心の中で一つ、深呼吸をした。

「私も・・・好きだ、お前が」

そう言うと、ヒロトはヘラリと嬉しそうに笑った。

「うん、俺も好きだよ」

気付かなかっただろう、月影ルナに言われなければ。
ヒロトも玲名も、お互いは大切な家族で、大切なチームメイトという存在で終わっていたかもしれない。
けれど、彼女は何のためにこんな事をしたのだろうか。

「お前は彼女と会った事があるんだろう?」
「いや、前に会った事があるような気はしたけど多分違うと思う。それにたまに玲名の姿と被る時があって」
「私と・・・?」
「うん。何て言うか・・・うまく説明出来ないんだけど・・・」

うーん、と唸っていたヒロトだったがハッと思いだしたように「そう言えばさ」と問いかけてきた。

「玲名が去年来てた浴衣って黒地に彼岸花が描かれたやつだったよね?」
「・・・確か、そうだったと思うが」
「昨日の夜、彼女が全く同じ浴衣を着てたんだよ。あれって瞳子姉さんから譲ってもらったものでしょ?」

玲名は眉根をきゅっと寄せた。昨夜、月影ルナの姿は捉えたが暗くて良く見え無かった。どんな浴衣を着ていたかは分からないが、ヒロトの言葉が正しければそれはあり得ない事だ。

「あの浴衣は瞳子姉さんの母親が作ったもので、同じものは無いはずだ」
「だよね。だから、俺怖くなってさ。思わず聞いたんだよ。"君は誰"って。でも"誰だと思う"って返されただけで・・・」
「段々とホラーになってきたな」
「うん・・・」

ベッドの上で二人して溜め息をつく。
その時、トントンと扉を叩く音がした。思わず肩が跳ねあがる。

「ヒロト―!俺だけど!」
「リュウジ?」

ヒロトはベッドから立ち上がり、ドアノブを回した。
その向こうで「おはよう!」と声がする。
しかし、ひょこりと部屋の中を覗いたリュウジは玲名が居た事に驚いたようで、慌ててドアを閉めようとした。

「あ、邪魔してごめん!後でで良いや!」
「大丈夫だ。言いにくいなら私が出ていくが」
「いやいや!実は二人に伝言があるんだ!」

そう言われ、思わずヒロトと玲名は顔を合わせる。

「伝言?」
「うん。さっき朝のランニングをしてたら、ちょうど河川敷の所で月影さんに会ってさ」

二人の顔が強張る。リュウジは首を傾げながらも彼女の言葉をその通り伝えた。

「"明日のお昼12時に二人で河川敷のグラウンドに来てください"って」
「・・・明日」
「うん。あ、もしかして修羅場的な・・・」
「違う意味で修羅場かもな」
「ちょっと玲名、怖い事言わないでよ」

玲名がふ、と笑う。その様子にリュウジはパチリと瞬きをした。

「仲直りしたの?」
「え?」
「月影さんが二人とも仲直り出来たかしらって心配してたから」
「・・・そうか」
「じゃ、ちゃんと伝えたからね!邪魔してごめんよー」

そう言うとリュウジはさっと部屋を出ていった。

「明日かあ・・・彼女の正体が分かるのかな」
「さあな」
「ね、宇宙人だったらどうする?」
「シャレにならな、い、だ・・・ろ・・・」

肩の力が抜けると、急に睡魔が襲ってきた。
一晩中、眠れず考え事をしていた頭が寝かせろと訴える。
立つのさえも億劫だ。

「少し、だ、け」
「え?ちょ、玲名?!」

ズルズルとベッドに倒れ込んだ玲名はそのまますぅすぅと寝息をたて始め、そのまま眠りについた。


目を開けると、窓から赤色の光が差し込んでいた。
周りを見渡し、其処が自分の部屋では無くヒロトの部屋だということを思い出す。しかし既にヒロトの姿は無かった。

(もう夕方か・・・)

顔をシーツの方に向けると微かにヒロトの匂いがする。
玲名はギュッと目を瞑った。
この一週間、感情が今までに無い位揺らいだ。
それもこれも全てはヒロトが好きだという感情からだった。
その事に気づかせてくれた彼女は一体何者なんだろうか。
それもきっと明日、分かるのだろう。はぐらかされる可能性はなきにしもあらず、だが。

「月影、ルナ・・・」

彼女の柔らかく笑う姿が浮かんでは消えた。





楽しかった一週間も明日で終わり。
本当の事を知ればきっと二人は驚くわ。
ああ、楽しみ。
最後に思い出を一つ、頂戴ね。





11.07.26



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