例えば彼女を失った時にあなたはどう想う? それが、答えなの。 言葉で自覚をさせなくちゃ。 だって、もう、時間が、無いの。 水曜日 「あれ。どっか出掛けるの、ヒロト」 後ろからリュウジに声を掛けられ、ドキリと心臓が跳ねた。 「うん、ちょっと」 そう言うと逃げるようにおひさま園を後にした。 別にやましい事をしている訳では無い筈なのだが何故か皆にはあまり知られたくなかった。特に、玲名には。 (誤解とかされたら嫌だし) 昨日の帰り道。 彼女、月影ルナから「明日、もし時間があるのならこの街を案内してほしい」と頼まれたのだ。特に用事も無かったので了承した。しかし、夜になって改めて考えれば世間一般に言うデートなのではないかと気づいた。 (それにしても不思議な子だよなあ) 初めて会った時から不思議だと思ってはいた。何度も既視感を感じたり。 それに昨日もだ。彼女の家まで送ろうと思ったが「ここで大丈夫」と微笑まれた。しかし先はただの林で民家は無かったはずだった。変に探りを入れたら失礼だと思い、そのまま引き返しはしたのだが。 (確か今週の日曜日までここに居るって言ってたけど・・・本当は何処に住んでるんだろう・・・) そう言えば名前以外何も知らない。サッカーが好きで自分もしているとは言っていたけれど。 そうこう考えているうちに待ち合わせ場所の時計台の下に着いてしまった。 待ち合わせの時間は十一時。現在の時刻は十時五十分。周りを見渡したがまだ彼女は来ていないようだった。 夏休みということもあり、周りは親子連れや学生で賑わっている。 蝉の鳴き声を聞きながら、ぼんやりと過ぎ去っていく光景を見ていたのだが、遠くから麦わら帽子を被った女の子が近付いてくるのに気付いた。 相手もヒロトに気づいたらしく、にっこりと笑うと水色のワンピースの裾レースをふわふわと揺らしながら小走りでやって来た。 「誘っておいて、遅れてごめんなさい」 「いや、俺が早く着いただけだから」 会話の流れが本当にデートのようで、ドキドキとしてくる。 「どこか行きたい場所とかある?」 「そうね・・・もし行けるなら雷門中学に行ってみたいわ」 「雷門に?」 「あ、遠いのだったら良いけど」 「いや、そんなに遠くないから大丈夫だよ」 ヒロトは驚いた。てっきり女の子が好きそうなスポットを所望されるのかと思っていた。 しかし、ああ、と納得する。 「サッカー部を見たいの?」 「ええ、そう」 「雷門はサッカー界じゃ有名だからね」 バスに乗り込み雷門町まで向かう。揺れる車内の中で彼女はゆっくりと話し始めた。 「私、サッカーが好きだけどパパもママもサッカーは女の子はしちゃダメだって言うのよ」 「え、そうなの?」 「そう。だから洋服もいつもワンピースばかりで、つまらない」 「そうだったんだ・・・女の子だってサッカーしても良いと思うんだけどなあ。俺の周りの女の子はみんなサッカーしてるし」 「だから、うらやましいの」 そう言って笑う彼女はとても悲しそうだった。 その時だ。また、彼女の顔が玲名と被って見えた。 (ま、た・・・) けれどそれもまた一瞬で消える。 「・・・ヒロト君?どうかした?」 「いや・・・何でも無いよ。ごめん」 ヒロトは目線をパッと外し、窓の方を向くと懐かしい雷門中学校のマークが見えてきた。 そして、車内アナウンスが目的地を告げる。 「ここが、雷門中学校・・・」 「多分、今日も練習してると思うんだけど」 他校の生徒であるので入るのが躊躇われたが、彼女のほうがスタスタと校門をくぐり抜けて行った。慌ててヒロトも追いかける。 けれど、グラウンドにはサッカー部の姿は無かった。 ちょうど通りかかった生徒に尋ねてみると、どうやらサッカー部は今日から合宿に行ってしまったらしい。 「ごめんね。ちゃんと聞いておけば良かった」 「ううん、私こそ無理を言って連れて来てもらってごめんなさい。でも、雷門中学を見れただけでも嬉しかったから」 少しだけ校内見学をした後、二人は商店街の方へ歩いていた。 時計の針はちょうど天辺を指したところだった。 「そろそろお昼ご飯にしようか。この先にあるカフェのクラブサンドが凄く美味しいんだよ」 「そうなの?楽しみだわ」 前にイナズマジャパンのメンバー数人で行ったカフェへと案内する。 雰囲気はとても落ち着いたカフェでその時は場違いのように思ったけれど今日なら大丈夫だろう。 扉を開けるとカランとベルの音がする。奥の席へと案内され座ったところでほっと息を着いた。 クラブサンドと飲み物を注文をし、他愛も無い話をする。彼女はサッカーが本当に好きらしく目をキラキラと輝かせた。 「昨日ね、玲名さんとお話したの」 「玲名と?そうなんだ。彼女も凄くサッカーが強いよ!俺たち前にチームを組んでたんだけど、玲名は副キャプテンだったんだ」 「見てみたかったわ」 「昨日は体調が悪かったみたいで・・・俺もまた玲名とチームでプレイ出来るの楽しみだったんだけどね」 「顔色が良くなかったみたいだもの」 「そう言えば、帰る時に玲名に名前を教えてたみたいだけど玲名の名前は本人から聞いたの?」 そう問うと、彼女は目を伏せた。 「・・・うん」 「へえ、玲名が自分から名乗るなんて珍しいなあ」 玲名の事だから人に尋ねる前に自分から名乗れ、とそう言いそうなものなのに。 「お待たせ致しました」 にっこりと笑う店員が二人の前にてきぱきとお皿を置いていく。 「じゃあ食べようか」 「ええ、いただきます」 その後、商店街を見て回ったりと時間はあっという間に経ち、日は高くまだ明るいが腕時計を見ると六時近かった。 「今日はありがとう」 河川敷の土手道を二人で歩く。気温は高いがそよそよと吹く風が気持ちいい。 「雷門中学も見れたし、美味しいクラブサンドもご馳走になったし、とても楽しかった」 彼女はとても満足してくれたようで嬉しそうに笑っていた。案内した方としてもとても嬉しい。 土手道をまっすぐと歩いたが、グラウンドを通り過ぎた頃にふと彼女の家の事を思い出した。聞いていいものかどうなのか、とりあえず家まで送ると伝えようとした時だ。 彼女がピタリと足を止めた。 「・・・?」 三歩先に出てしまったために後ろを振り返る。すると彼女は先ほどの表情とは打って変わり思いつめたような顔をしていた。 「・・・どうしたの?」 「ねえ、ヒロト君は好き?」 「え・・・?」 「好き?あの子の事・・・」 あの子、というのが誰だか分からずに首を傾げる。 彼女はぎゅっと眉根を寄せた。初めて見せる表情だった。 「や、がみ、れいな、さん」 途切れ途切れに聞こえたその名前にドキリと心臓が鳴る。 「好き・・・?」 「好きって・・・そりゃあ、嫌いじゃないよ・・・家族、だし」 「違うの。家族とかチームメイトとかじゃなくて、」 彼女が言わんとしている事に気付いた。つまり、異性として好きかどうか、という事なんだろう。 嫌いじゃない、というのは本当だ。けれど、異性として好きかと聞かれても直ぐにそうだとは言えなかった。なぜなら玲名をそういう対象で見た事が無かったから。ずっと彼女は大切な家族で、チームメイトだったのだから。 「わからない、よ・・・ねえ、どうして、そんな事を聞くの?」 「・・・まだ、気づいて無いの?」 彼女は更に悲しそうな顔をした。 「変な事を聞いてごめんなさい。今日はここで大丈夫。本当に今日はありがとう」 そう言うと彼女はヒロトの隣をすり抜け、そのまま走って行った。 「え、ちょっと・・・!」 追いつけない速度では無かったが、その時は何故か足が動かなかった。 ぽつん、と残されたヒロトはじっとその場に佇む。 (玲名、が、好き・・・?) 自分へ問いかける。昨日彼女と一緒にサッカーが出来なかった事がとても残念だった事や、今日の事を知られたくないとそう思ったのは家族として、チームメイトとしてでは無いのだろうか。他のみんなと一緒なのでは無いだろうか。 「・・・そんなのわかんないよ」 ぽつりと呟いた言葉は、蝉の音にかき消された。 思わず彼女の名前を呼んだのは懐かしさからか。 彼女には彼から聞いた、と。彼には彼女から聞いた、と。 言ってはみたのだが彼らがこの矛盾に早く気付いてくれれば良いのに。 11.07.12 |