「そのままシュートだ!」

河川敷のグラウンドでサッカー少年たちは走っていた。
入道雲は高く、太陽の光はいつにも増して強い。
けれど少年たちはそれは楽しそうにボールを追いかけている。

「・・・彼、が基山ヒロト」

そんな彼らを遠くから見つめる少女の姿があった。
麦わら帽子が深く被られ、少女の顔は良く見えない。
風が吹く度に彼女の白いワンピースがひらひらと揺れていた。



月曜日



「リュウジ!こっちだ!」

基山ヒロトが指示を出す。
今日も彼らは河川敷でサッカーの練習をしていた。
夏休みのため、学生である彼らも昼間から練習に勤しんでいる。

「行くぞヒロト!」

緑川リュウジの蹴ったボールはヒロトめがけて弧を描いたが軌道が外れ、土手の上まで大きく飛んで行ってしまった。

「俺が取ってくるよ。ちょうど良いし休憩にしよう」

そう言うとヒロトが階段をひょいひょいと駆け上がって行った。
すると、少女が腰を屈めボールを拾っているところだった。

「ごめんね、ありがとう!」

膝丈ほどのワンピースの白色が太陽の光を反射して眩しい。
彼女が立ちあがると麦わら帽子に隠れていたその顔が徐々に見え始め、ヒロトは驚いた。

「どう致しまして」

凛とした、けれど儚い声がヒロトの鼓膜を揺らす。
ふわりと微笑む表情はいつか遠い昔に見たような、そんな既視感を感じた。

「はい、どうぞ」

サッカーボールを差し出され、ヒロトはハッと我に返った。

「あ、ありがとう」

慌てて受け取るとその少女はヒロトをじっと見て微笑む。
二人の間をそよそよと風が通り抜けていった。

「サッカー、上手なのね」
「え・・・見てたの?」
「うん」
「サッカー好き?」
「好きよ。見るのも、するのも。でも今日はワンピースだから出来ないの」

困ったように彼女はスカートを持ち上げる。

「だから、貴方たちの、見てても良い?」
「勿論大丈夫だよ!おいで!」

ヒロトは彼女と共にグラウンドへ戻った。
木陰で休んでいたリュウジは目を丸くした。ボールを取りに行ったと思ったらボールと一緒に女の子を連れてヒロトが帰って来るとは思わなかった。

「え、ヒロト。その子は・・・?」
「サッカーが好きらしくて俺たちの練習見たいんだって」
「お邪魔じゃないかしら?」
「大丈夫だよ、ね、リュウジ」
「う、うん」

いきなりの展開にリュウジはたじたじだった。
けれどヒロトは慣れた手つきで、まだ使っていないタオルを木陰になっている地面に敷くと「ワンピースが汚れるといけないから」とその上に少女を座らせた。

「よし!じゃあ練習しようか」

そしてまた二人は夏空の下、練習を再開した。



「二人ともとても上手なのね」

すっかり日も傾き、水面は赤く染められ始めている。
二人の着ているユニフォームも汗で濡れていた。

「見てるだけでつまらなかったでしょ」
「いいえ、とても楽しかった」
「そっか」

少女はゆっくりと立ち上がると敷かれたタオルを手に取り、パンパンと泥を落とした。

「また明日も、ここでするの?」
「うん。明日は他の子たちも一緒なんだ」
「見に来ても良い?」

彼女が顔を傾けるとさらり、と肩まである綺麗な髪が揺れた。
それにヒロトはまた既視感を感じる。

「え、あ、うん!勿論!」

そう答えると彼女はヒロトとリュウジを交互に見て微笑んだ。

「今日はありがとう。基山ヒロトさん、緑川リュウジさん」
「どうして俺たちの名前・・・」
「・・・大きな大会に出てたから」
「ああ!FFIか!なんか俺たち有名人みたいだな、ヒロト」
「そう、だね」

嬉しそうにはしゃぐリュウジとは対照的にヒロトはじっと彼女を見ていた。
どうしてもこの既視感が拭えず、思い切って少女に問いかける。

「ねえ、前に会ったこと、ある、かな」
「・・・いいえ。今日が初めて」
「そっか。ごめんね、変な事聞いて」
「大丈夫よ。・・・私、遠い所に住んでいて今週の日曜日までしかここに居ないの。でもお友達が出来て良かった」

それじゃあ、また明日、と彼女は麦わら帽子を脱ぐとペコリとお辞儀をした。
そしてまたそれを深く被り直すと、白いワンピースをヒラヒラと揺らしながら少女は去って行った。

「・・・ヒロト?」

少女の姿が見えなくまるで、その後ろ姿を見ていたヒロトにリュウジは声を掛ける。

「え、?あ、ごめん。俺たちも帰ろうか」
「なんだよ、あの子の事そんなに気になるの?」
「いや、そんなんじゃないけど・・・」
「まあ可愛かったもんな!あ、でも名前聞き忘れたね」
「また明日、聞いてみようよ」

荷物をまとめ、二人は土手道を他愛も無い話をしながら歩く。
帰り道、輪郭をしっかりと見せ始めた月は美しく地上を照らしていた。



(どこかで、会った気がするんだけどな・・・)

ヒロトは家に帰った後も、少女の事を考えていた。
白いワンピースが目に焼き付いて離れない。目を瞑って廊下にじっと佇んでいると後頭部をパシリと叩かれた。

「おい、ヒロト」

振り返ると、八神玲名が腕を組んで不機嫌そうな顔で立っていた。

「・・・玲名。どうしたの?」
「明日の練習試合、悪いが私は見学させてもらう」
「え、そうなの?体調悪い?」
「・・・まあ、そんなところだ」

そっか、とヒロトは肩を落とす。
エイリアの事が終わり、必死でサッカーをせずとも良くなってからは玲名は趣味でサッカーをする程度になっていた。そんな彼女と久しぶりに試合でチームとして一緒に戦えるということで楽しみにしていたのだ。けれど、体調が優れないところを無理に誘ってもしょうがない。

「わかった。フォーメーション考え直しておくよ」
「すまないな」

そう言うと彼女はまわれ右をしてスタスタと歩いていく。
ふいに、玲名の後ろ姿が少女の姿と重なった。

(・・・え?)

しかしそれは一瞬だった。
気のせいかと思い、そのままヒロトも自室へと戻っていった。



賽は投げられた。
運命は少しずつ、けれど確実に、廻り始める。
願わくば、少年少女たちに幸多からんことを。



11.07.10



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