※だぁ!だぁ!だぁ!のアニメ73話パロ









夕暮れ時の柔らかな光が窓ガラスを通し部屋一面に差し込んできている。けれどそんな中、玲名は底知れぬ恐怖を感じていた。
目の前の彼は無邪気に笑う。小さな身体を背一杯動かして。
この赤ん坊は、本当に、基山ヒロトなのだろうか。



37℃の恋人



ことの始まりは朝まで遡る。父さんの部屋を瞳子姉さん、ヒロト、そして私の三人で片付けていた時だった。書類棚の中から小さな欠片が出てきた。それは父さんを悪の道へと駆り立てたエイリア石だった。
危険だから、触らないで。姉さんがそう言った。
私もヒロトも一歩下がった。けれどそれと同時にエイリア石が鈍く光始めたのだ。そしてそれは宙に浮いたかと思うと、ヒロトめがけ飛び、消えさった。

「っう・・・!」
「ヒロト!!」

うずくまるヒロト。私にはあの石がヒロトの体内へ吸い込まれて行ったように見えた。

「ヒロト、大丈夫なの?!」
「大丈夫だよ姉さん」
「念のために病院に行きましょう」
「大丈夫だって。どこも痛くないし」

でも、と姉さんは続けるがそれをヒロトが止める。

「本当に大丈夫だよ。ほら。手も動くし足も動くし。頭も痛くないし」
「・・・わかったわ。その代わり少しでもおかしいと思ったら直ぐに言うのよ」

そう姉さんは言ったのだがやはり心配だったようで鬼瓦刑事という人のところに行き副作用などの可能性を聞いてくると言って出掛けて行った。
しかしそれから一時間が立ってもヒロトの様子は特に変わらなかった。

「お前、大丈夫なのか。痛むところはないのか」
「うん、大丈夫だよ。玲名、心配してくれてるの?愛を感じるなあ」
「前言撤回だ。そのままくたばれ」

視線を本へと戻す。
念のためにと二人で居るのだが、馬鹿らしくなってきた。一時間前にあった出来事が嘘のようだ。あの、エイリア石がヒロトの体内へ吸い込まれて行ったのだって気のせいかもしれない。
きっとこのまま何も起こらないだろう、と思いながらペラリと一枚ページを捲る。その時だった。

「れい、な・・・」
「何だ」

目線はまだ本に向いたままだ。

「ねえ、急に服がぶかぶかになったんだけど」

また馬鹿なことを言い始めたのかと無視をする。

「ねえ、玲名。君ってそんなに大きかったかな」
「・・・は?」

何を馬鹿げた事を、と顔を上げた。
その瞬間、玲名の目は見開かれ手元の本はバサリと音を立てて落下した。

「お・・・ま、え・・・」

何が起こったのだろう。目の前の状況が理解できない。
いや、目の前に居るのは基山ヒロトだ。玲名のチームメイトであり永遠のライバルでありそして恋人でもある基山ヒロトに間違いはない。
けれど。

「ヒロト、自分が小さく・・・なっているんだ」
「・・・え?」

そこに居たのは二人が初めて出会った頃の、推定六歳頃と思われる基山ヒロトの姿だった。



「あー良かった。小さい服があって」
「馬鹿かお前は。何でそんなに落ち着いているんだ。・・・ダメだ。姉さんの携帯、電源が切れてる」
「こんな時に限っておひさま園には誰も居ないしね。ねえ、それよりも俺、お腹が空いてきたんだけど」

ヘラリとヒロトは笑う。玲名は呆れてものも言えなかった。
何故当事者であるヒロトの方が余裕があるのか。
最近ではすっかり追い抜かされ見上げるほどの身長になったヒロトだが、今ではずっと下にいる。玲名はじっと見下ろしていたが、小さくため息をつきキッチンへと向かった。



「玲名のオムライス、美味しいね」

目の前でぱくぱくと平らげていくヒロトは笑顔だ。いつものヒロトの笑顔だ。けれど、今の自分が知っている今の基山ヒロトという人間とはまた違う印象を受けた。ヒロトはヒロトに変わりは無いのに。

「・・・戻らなかったら、どうするんだ」
「え?」
「元に戻らなかったらどうするつもりだ」
「それは困るね。こんな身体だと玲名とセッ」
「しね!!!!」

条件反射で手に持っていたスプーンを投げつけ、見事にヒロトの米神にヒットした。

「・・・冗談だよ。まあ本当に困ることと言えば、手が短いからちゃんと玲名を抱きしめられないことかな」
「馬鹿かお前は・・・」
「大丈夫。なんだか分からないけど戻るような気がするんだ」

だから心配しないで、とヒロトは言うけれど玲名は一口も食事が喉を通らなかった。
それからまた二時間ほどした頃だ。相変わらずおひさま園には二人以外誰もおらず、瞳子とも連絡が着かない。何の手立てもないままどうしたら良いのか分からず、二人でテレビを見ていたが特に内容は頭に入ってこない。すると、隣に座っていたヒロトがうとうととしてきた。

「眠いのか」
「うん・・・」
「ベッドで眠るか?」
「いや、だ。玲名の膝の上が良い」

常ならば殴っていたところだろう。けれどヒロトと言えど、小さな子どもが親に甘えるような仕草に玲名は断れなかった。

「今だけだぞ。良いか、今だけだからな。勘違いするなよ!」

念には念を、と言い聞かせるがヒロトは分かっているのかいないのか、うんうんと言いながら膝の上に乗って来る。
ぎゅっと腕が回された。布越しにじんわりとヒロトの体温が伝わってくる。

「・・・お前、熱があるんじゃないか。いつもより熱い」
「子ども体温ってやつじゃない?」
「計らないでいいのか」
「今日の玲名、優しいね」

胸元でクスクスと笑われくすぐったい。
ああもう本当に調子が狂う。
そうこうしているうちに目の前のヒロトはすう、と寝息を立て始めた。
疲れているのか、それともエイリア石の副作用か、そんな事を考えていたのだが気疲れとヒロトの温かい体温で気づいたら玲名もまたゆっくりと夢の中へと落ちていった。



泣き声がする。
泣かないで、泣かないで、と諭すのに一向に泣き止まない。腕の中の赤ん坊は更に泣き声を強めた。

(・・・赤ん坊・・・?)

意識が浮上する。夢の中で泣いていた筈の赤ん坊の声が近くから聞こえる。
どうしてだろうと瞼を持ち上げる。
そう言えば膝の上が暖かいのに胸元は冷たい。

「ヒ、ロト・・・?」

焦点の合わない目で膝を見下ろす。
玲名は息を呑んだ。出来ればこれも夢の続きであって欲しいと思った。

「どうして、こんな・・・」

小さなヒロトは更に小さく。それは小さな赤ん坊の姿になっていた。



気づけば西日が差しこんでいた。
ずっと泣き続けていたヒロトも今ではタオルケットにくるまれ、布団の上ですうすうと眠っている。
途方に暮れる、というのはこういうことを言うのだろうか。

「どうすれば良いんだ」

誰も居ない室内で呟かれた言葉は柔らかな光の中に溶けていった。
まるで世界の中に自分とヒロトだけが取り残されてしまったような、そんな感覚がした。

「あーあー」

ヒロトが起きたらしい。声のする方を見ると、無垢な双眼が玲名を見つめていた。そしてにっこりと笑い玲名の方へ手を背一杯伸ばしてくる。

「馬鹿め。こんな状況でもお前は笑うのか」

玲名はヒロトを抱き上げる。赤ん坊を抱くのはこの日が初めての経験だった。
赤い髪が頬に当たってくすぐったい。体温はどこまでも心地良い。
赤ん坊独特の匂いと良く知るヒロトの匂いがする。

「なあ、ヒロト。もしもお前がこのままの姿だったら」

そうだ。この頼りない、赤ん坊の姿だというのなら。

「私がお前を育てるよ。大丈夫、だ。姉さんも居るし、みんなも居る。母親の愛情なんて私にはわからないけれど、ちゃんとお前を育ててみせる」

ぎゅうと少し力を込めて抱きしめると、ヒロトは嬉しそうに声をあげる。

しかしそこで、ふと考えた。
また、小さくなったら彼はどうなるのだろうか。母親の胎児の中に居る時のような姿になるのだろうか。その後は、消えてしまうのだろうか。基山ヒロトという存在は消えるのだろうか。
そう考えた瞬間、ぞくりと悪寒が走った。

(何を馬鹿なことを考えているんだ)

けれど、もし、本当に。本当にそうなったら。考えれば考えるほど、底なし沼のような恐怖が玲名を襲った。
ヒロトが居なくなる、恐い、怖い。嫌だ、嫌だ、嫌だ・・・!
気づけば、ぽろぽろと涙が零れ落ちていた。

「駄目、だ。私が泣いても何も解決しない」

ぎゅっと目を擦る。それでも涙は溢れ出てくる。

「嫌だ、ヒロト、消えるな。消えないでくれ」

そんな玲名の姿をきょとんとした瞳でヒロトは見る。
視線がかちあう。

「お前、ずっと私と居てくれる、と言っただろう。なあ、お願い、だから、」

―――――消えないで。

その言葉は音にはならず、瞼を閉じると、またぽとりと雫が落ちた。



「うん、ずっと一緒に居るよ」

耳に届いたのは、聞き慣れたヒロトの声だった。

「ヒロ、ト・・・?」

もう、何が夢で何が現実なのか良く分からない。

「ヒロト、元に・・・」
「戻るような気がする、って言ったでしょ?」

目の前にいるのは間違いなく、こんな騒動が起きるまえのヒロトの姿だ。
まるで何も無かったかのようにヒロトは笑う。玲名は引っ込んでいた涙がまたポロポロと零れてきた。

「お前!私が一体どれだけ心配したと思ってるんだ!!」
「うん、ごめん。心配掛けさせて、ごめん」

ヒロトは玲名をぎゅうっと抱き締めた。先ほど玲名が自分にしてくれたように。

「聞こえてたよ、玲名の声。赤ん坊になった時でもちゃんと聞こえてた。凄く嬉しかったんだ。ありがとう玲名。本当にありがとう。大好きだよ」

抱き締められているため頬にヒロトの体温を直に感じる。髪に何度もヒロトの唇が落ちてくる。
しかし玲名はハッと我に返った。
ん?直に・・・?

「っ!だああああ!お前は服を着ろっ!!!」
「ええええ!せっかく良いムードだったのにー」
「五月蝿い!」
「ね、ね。せっかく戻れたんだから続きしようよ」
「黙れ変態!私に近づくな!」



その後、原因こそ不明のままだったがヒロトの身体が小さくなることはなく前と変わらぬ日常に戻った。あえて変わったとすれば前以上にヒロトから玲名へのアプローチが多くなった事だろう。その度に玲名からは邪険にされ殴られるのだがヒロトは全く堪える様子は無かったという。




(良いか、あの時の言葉は誰にも言うな全部忘れろ)
(うん。玲名からのあの愛の言葉は遺言書に書いて墓場まで持っていくよ!)
(今ここで墓場に送ってやる)







※タイトルは「確かに恋だった」様より
※当初予定していた文字数を遥かに越えてしまいました…だぁ!だぁ!だぁ!を知ってる方いらっしゃるかなあ…



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