隣の席の彼、基山ヒロトについて知っていることは極少ない。 テストの順位はいつも上位なこととか。サッカー部に所属しているということとか。 学校内では「王子様」と密かに呼ばれていることとか。 良く笑う人で、交友関係も円満なようだ。 無口な私とは対照的な人だった。 偽るなら美しく 「ねえ、やがみさん。ここの問題、わかる?」 彼が私に話しかけてきた。少し驚いた。 差し出された問題は偶然にも昨日予習していたところだった。 「あー助かった!誰に聞いてもわからないって言われてさ」 本当にありがとう、と礼を言われる。ここで彼との会話も終わるのだろう、と思い視線を外した時だ。そう言えば、と彼は言った。 彼の方を再度向くと、その距離が意外と近くて、どくん、と心臓が鳴った。 「やがみさんって下の名前、れいなって言うんだよね。綺麗な名前だね」 「え、あ、・・・その・・・」 「あ、ごめん!嫌だった?」 「いや・・・ありが、とう」 そう言うと彼はにっこりと微笑んだ。胸がどくどくと鳴る。 この人は、そういう恥ずかしい台詞をさらりと言ってしまうことを思い出した。 このことがきっかけだと思う。彼は良く私に話しかけるようになった。周りにいる女子たちよりも優しく扱われているように思えた。 雲の上の存在だった彼からだ。 そのことをクラスメートも気づいたらしく、よく「基山君とつきあってるの?」と聞かれるようになった。答えは勿論NOだったが私は今の状況でもとても満足だった。 「あれ、やがみさん」 放課後。大半の生徒たちが帰ってしまったであろう時間帯に下駄箱でバッタリと彼に会った。 「珍しいね、こんな時間まで」 「先生の手伝いをしてた」 「偉いねー」 そういう彼はサッカー部での練習が終わったのだろうか、髪が少し濡れていた。 自然な流れで一緒に歩く。 肩下まで伸びた髪が風に揺れさらさらと揺れる。この癖っ毛の無い真っ直ぐな髪が少しだけお気に入りだった。 下駄箱から校門までは少し距離がある。 その間、彼と他愛も無い話をする。私は主に相槌を打っていただけだったが頭の中はフル稼働だった。 (好きだと伝えてしまおうか。私にだけ優しいことを自惚れてもいいのだろうか) 二人っきりの今が最大のチャンスだ。伝えるならきっと今だろう。 ぎゅっと汗ばむ手を握りしめ、意を決した。 「きやま、く」 「あ、れいな!!」 どくん、と心臓が鳴った。自分のことかと思った。 けれど彼が私の名前を呼ぶわけはない。 では、誰を、呼んだ? 彼の視線の先を追う。 校門の影に彼女は居た。 身長は高く、一言で表すのなら「美人」だった。 凜としたその表情は見る者を引き寄せる。 彼女の髪がさらり、と揺れた。とても綺麗な色の髪だった。 「遅い」 「ごめん、玲名。練習が意外と長引いちゃって!」 他校の制服を着ている。近くで見れば見るほど美人だ。 その彼女がちらり、と私を見た。 また、心臓が跳ねる。 「あ、聞いてよ玲名!彼女も"やがみれいな"って言うんだよ!同姓同名なんて凄いよね」 「お前はそんなことを言うために彼女をこんな時間まで残していたのか」 「まさか。やがみさんとはさっき下駄箱で会ったんだよ」 にっこりと彼は笑う。彼女を見る目は今までに見たことのないほど優しい。 そこで、合点がいった。 彼は私に優しかったのではない。私と同じ名前の彼女を私越しに見ていたんだ。 「っ!あの!基山君!私そろそろ帰るね!」 「え?いや送っていくよ」 「だいじょうぶ。家、近いから」 でも、と彼が言う前にぺこりと彼女にも会釈をして、全速でその場から走った。 角を曲がる時、辞めておけば良いのに、ちらりと後ろを振り返った。 彼と「やがみれいな」さんはしっかりと手を繋いで歩いていた。彼の表情は幸せそのものだった。 さようなら、好きな人。 (偽るなら美しく) 真実は時に残酷 ※第三者目線でのヒロ玲でした。 ※タイトルは「確かに恋だった」様より |