信じられると思った。ヒロトなら。 両親からも父さんからも裏切られて。それでも人を信じてみようと思ったのは紛れも無く、大切な仲間とヒロトが居たからだ。 ヒロトから差し伸べられる手は暖かく、これからも手放されることは無いのだろう。 そう思えた。そう、信じていた。 04 「あら、珍しく寝過ごしたわね」 リビングの扉を開けると、瞳子姉さんがコーヒーを片手に新聞を読んでいた。 「他のみんなは?」 「練習よ。今日は元プロミネンスと元ダイヤモンドダストで対決するんですって」 「日曜日なのに元気だな」 「練習に曜日は関係ないわよ」 クスクスと笑う瞳子姐さんから朝食と暖かいコーヒーを手渡される。 礼を良い、手を合わせた。 「玲名は今日どうするの?試合、見に行く?」 「いや、今日はちょっと服でも買おうかと思っているんだ」 「へえ、珍しいわね」 予定があえばヒロトと直接会って話を、と思っていたのだが残念なことに彼もサッカーの練習ということで。 柄にもなく、玲名はショッピングに繰り出そうと思ってた。 「夕食は?」 「家で食べる」 「了解。あまり遅くならなようにね」 そう言うと、新聞を畳み、彼女もまた監督としてサッカーの練習へと向かった。 (服を見た後は早めに切り上げて私も試合を見に行こうかな) 最後の一口を咀嚼する。 そして食器を洗い終えると、玲名は街へと向かった。 店が立ち並ぶメインストリートは日曜日ということもあり、家族連れやカップルで賑わっていた。その間を玲名はスルスルと通り抜けていく。基本的に、人込みは苦手だ。早めに用事を済ませようと行きつけの店を目指した。 その時だった。 車が行き交うその向こう。 (え・・・?) トラックが間を通り抜ける。駆け抜けて行った風が彼女の髪をふわりと舞い上げた。 ゆっくりとその髪が元あった位置に戻った時には、玲名の大きな瞳は更に見開かれていた。 玲名の視線の先には、見慣れた赤い髪の彼の姿があった。 (ヒロト、どうして) 彼は言った。 今日はサッカーの練習があるのだと。だから、こんな場所に彼が居るわけがない。 居るわけがないのに。 それは紛れも無く、基山ヒロトだった。 そして、楽しそうに笑う彼のその隣に居たのは、 (音無、春奈・・・) 雷門中学校、そしてイナズマジャパンのマネージャーだった彼女の姿だった。 その姿を見たのは数年ぶりだったが、トレードマークと言っても良いだろう、彼女の赤フレームの眼鏡も、屈託のない笑顔は相変わらず変わって居なかった。 まるで花が咲いたようなその笑顔は、今はヒロトに向けられている。 赤の他人が見れば、彼らは仲の良い恋人同士に見えるだろう。 そんな彼らは、人込みの中へと消えて行った。 (やっぱり、そうなんじゃないか) あの時と同じように、玲名はクラクラと目眩を感じた。 心臓を鷲掴みにされたようだった。 自分は、また、裏切られたのだと。 その感情はストン、玲名の中へ落ちてきた。 玲名は走った。道行く人にぶつかるのも気にせずに。 目的であった服屋にもグラウンドにも寄ることは無く、家へと真っ直ぐ帰って来た。 彼女にしては珍しくバタバタと音を立て階段を上る。 自室の扉を開け、バタンと言う騒音と共に扉は閉まった。 そして手に持っていたハンドバックを放り投げるように壁にぶつけた。 その手は震え、その足は今にも蹴りだしそうな勢いだった。 (泣く、ものか) ギリギリと唇を噛み締める。血が滲み出てきそうなほどに。 ドンッと扉に背を預けるとそのままズルズルと座り込んだ。 目をぎゅっとつむると、ヒロトの高校で見た彼女たちの、音無春奈の、屈託のない笑顔が現れては消える。それと同時に、ヒロトの笑顔もまた現れては消えた。 彼は良く笑う。その笑顔は人を引き付ける。 彼なりの葛藤はあったであろうが、彼は「基山ヒロト」として多くの人間に愛されている。 それを羨ましく思った時期もあった。けれど、自分もまた彼の笑顔に引きつけられる人間の一人だと思った。そんな彼が自分を好いてくれたのだ。 嬉しくないはずがなかった。 けれど、釣り合うわけがない。釣り合うわけがなかったのだ。 彼とは対象に、素直な言葉も吐けず、また彼女たちのように笑うことも出来ないこの私が。 裏切られるくらいなら信じない方が良い。 誰も、もう、信じない。 |