「申し訳ない」 そう玲名が言うと相手はまわれ右をして、全速で掛けて行ってしまった。 放課後。校舎の裏側にある銀杏並木で玲名はため息をついた。 隣のクラスの、顔をぼんやり覚えている程度の相手から放課後に話があると言われ来てみたら告白というものをされた。勿論、断りはしたが。 玲名にとってその手の話は稀なことではない。今月に入って今回が四回目だった。 (時間を無駄にするわけには行かないな) 玲名は顔をあげると、ふわりと髪をなびかせながら校門へと向かった。 向かうは、サッカーで有名な名門私立高校。 基山ヒロトの通う高校だった。 02 ヒロトとの電話から早一週間。 明日か、明後日か、一週間後か、まあヒロトから連絡が来るだろうと高を括っていたのだが結果から言えば、彼は一切連絡を寄こさなかった。 (馬鹿みたいに毎日毎日送られてきたメールでさえ無くなるとはどういうことだ) ガタンゴトンと揺れる電車の中で玲名はギュッと携帯電話を握りしめた。 お日さま園から歩いて十五分ほどの駅から三駅、更にそこからバスで二十分行ったところにヒロトの通う高校はある。 通学時間約一時間と、さほど遠くは無く十分に家からでも通える距離なのだが、彼は寮で生活することを選んだ。そこには、特待生は寮での生活費を負担しなくて良いということや交通費の負担をおひさま園に掛けなくて良いというヒロトらしい理由があったのだが。 (それはともかく、だ) 彼がこんなにも連絡を寄こさないことは初めてだった。 全国大会前の厳しい練習の中でも必ず玲名への連絡は欠かさなかった。 それなのに。 玲名の胸には少しの不安と少しの苛立ちが入り混じる。 (会って、話して、それで、心配を掛けさせるなと一発殴ってやる) トン、トン、とバスのステップをおりる。 周りでは、今ではもう見慣れてしまったた男子制服と、それとよく似た女子制服をまとった学生たちが重い荷物を片手に下校をしている。 ヒロトの通う私立高校の生徒たちだ。 それを尻目に迷うことなく玲名は突き進む。そして、自身の学校の倍以上あるであろう敷地に足を踏み入れた。 一度だけ、ジェネシスのメンバーで練習試合を見に来たことがある。二年生に進学したばかりの頃だ。サッカーの名門校というだけあり、大きなグラウンドがとても印象的だった。 そしてその時の試合で、ヒロトは見事に逆転シュートを決めて見せたのだ。 嬉しかった。 過去となってはしまったが、自身のチームキャプテンだった彼が活躍する姿は。 それから三年生になり、プロ入りの話が彼に舞い込んだ。 イナズマジャパンで培ってきたもの、そしてこの高校で更に磨きがかかった彼のサッカーは多くの人に認められている。 決して口には出さないけれど、本当に誇らしく思った。 (居た・・・) 着いた先はグラウンドが良く見渡せる少し高い丘の上だった。 指示を出す声、蹴りあげらるボール。どれも懐かしい光景だ。 そしてフェンス越しにグルリと見渡すと、良く目立つ赤い髪が見えた。 行け、ヒロト!と背番号14番の選手がヒロトにパスを渡す。 そのままドリブルで相手のゴール近くまで攻め込み、そしてボールは華麗に弧を描きゴールへと吸い込まれていった。 (なかなか良いシュートだな) チームメイトと笑顔でハイタッチを交わすヒロト。その様子を見て玲名は自然と口元が緩む。 それと同時にピーという笛の音が響き渡り「十五分休憩だ」という監督の声が聞こえた。 「少しくらいなら大丈夫だろうか」 まあ殴るのはまた今度にして、先ほどのシュートはなかなか良かったと伝えよう。 今まで約十年間、一緒に過ごしてきて、こんなにも逢わなかった時間は初めてなのだ。柄では無いけれど、実際に会って話したいと思わずにはいられない。自惚れかもしれないけれど、彼は私が来ていたことを喜んでくれるに違いない。 そう思い、足を一歩踏み出したまさにその時だった。 「基山君!」 女子特有の甲高い声がいくつも聞こえた。 グラウンドを再度見下ろすと、ヒロトの周りには何人もの女子が円を作るように囲っている。タオルを差し出す女子や先ほどのシュートを称賛しているであろう女子など、まるでどこぞのハーレムだと言わんばかりの光景だ。 (相変わらず女子に好かれるな、あいつは) 中学生の時から変わらない。人当たりが良さそうな笑顔も、素直な言葉も、だれもが彼に魅了される。今だって、にっこりほほ笑んでいる。その口元は「ありがとう」と言っているに違いない。 玲名はぎゅっと心臓を掴まれたような気がした。そして、彼を囲む女子たちの、その砂糖菓子のようなふわふわとした女の子らしさにクラクラと目眩がした。 (ああ、私で無くとも) 彼には、たくさん、居るんじゃないか。 気づけばグラウンドを背に元来た道を走っていた。唇を強くかみしめて。今にも込み上げて零れ落ちそうな何かをとどめて。 どうやっておひさま園に帰りついたかは良く覚えてない。 夕飯を食べる気にもなれず、部屋に閉じこもった。 瞳子姉さんと布美子が「何かあったの」と心配してくれたけれど、いつもの調子で何も無いと答えられたと思う。 ほんの少しだけ、期待して携帯電話を見つめていたけれど、その日、玲名の携帯電話が鳴ることは無かった。 |