基山ヒロトという人間が苦手だった。いや、お互いをグラン、ウルビダ、と呼びあっていた頃まで嫌いだったのだが、彼がFFIにいく頃には嫌いというよりは苦手なんだということに気付いた。 そんな彼とは十五歳まで共におひさま園で過ごした。けれど中学卒業と共に私立高校へ進学した彼は特待生として寮生活をするようになり、おひさま園には月に二、三度、顔を見せるかという程度になった。私はというと地元の公立高校へと進学し、相変わらずおひさま園で下の子供たちの世話をする毎日だった。 そんな高校生活が二年過ぎ、三年生になったある日のことだ。 突然、彼から「好きだ」と告げられた。苦手だと思っていた彼から好意を抱かれていると知った時、不思議と憎悪などはなく、また断る理由も無かったので私は了承したのだ。 そして私たちは俗にいう「恋人同士」になったのだった。 01 「そういえば最近ヒロト来てないね」 大きな目をぱちりと一度瞬かせ、リュウジがそうつぶやいた。 「・・・そうか?」 リュウジにリビングで数学の宿題を教えている時だった。 「うん。気のせいかな?」 「気のせいだろう。リュウジ、yの値が違うぞ」 「え?あ、ほんとだ」 消しては再度書かれていく数字をぼんやりと見つめる。 ヒロトが最近、おひさま園に顔を見せてないということには玲名も気づいていた。 恋人であるヒロトとは日頃、メールや電話でやりとりしている。つきあい始めてから、ヒロトがメールを欠かしたことは一度も無く、また、電話も二.三日に一度は必ず掛けてきていた。そんな彼が最近はメールでさえ二,三日に一度で電話に至ってはそういえば一週間ほど掛かってきていない。 ならば、自分から電話でもメールでもすれば良いではないかと思うのだが何分、性分に合わない。必要であればするし特に必要でなければすることはない。 そう思い気にはしていなかったのだが、リュウジの一言が何故だか胸に応えた。 「これでおしまい!玲名、ありがとう」 にっこりと笑い、リュウジは席を立つ。 すると、ふと思い出したように「そうだ!」と彼は言った。 「玲名って誕生日ちょうど一ヶ月後だよね?布美子たちが誕生日会しようって言ってたよ」 「そう言えばそうだったな。しかしこの歳にもなって・・・」 「良いじゃない。みんな祝いたいんだよ」 「騒ぎたいだけだろう」 「はは、まあそうかもしれないけどね・・・誕生日の前後、予定開けててね!じゃあ本当にありがとう!おやすみなさい」 おやすみ、と告げてリビングの扉が閉まったことを確認すると息を吐いた。 テーブルの隅に置いていた携帯電話を手に取る。着信履歴もメール受信も無い。 メールでも良かったのだろうが、打つのもめんどくさいなと思い、着信履歴からヒロトの名前を探し出す。最新履歴の日付はやはり一週間前だった。 (しかし、何と言えばいいのか) 数コールの後、その声は聞こえた。 『もしもし玲名?どうしたの、珍しいね』 「あ、いや。特に用事ということではないのだが」 たった一週間だというのにその声は酷く懐かしく感じる。 「リュウジが、だな。そう言えばヒロトの姿を最近見ていないと心配していたからだな」 『玲名が心配してくれたんじゃないの?』 「なっなぜ私が心配しなくてはいけないんだ!」 『つれないなあ、玲名は』 「うるさい。・・・それで、最近、忙しいのか」 『あー・・・うん。そうだね。ちょっとサッカーの練習とかで忙しいんだ』 「そうか。・・・忙しいところすまなかったな」 『ううん。電話、嬉しかったよ。ありがとう』 「じゃあ、おやすみ」 『おやすみ、玲名。またね』 ツーツーと電子音が聞こえる中、画面を見る。 通話時間、約一分半。 ここ一年で最短の時間を更新した。 玲名はきゅっと眉根を寄せた。常日頃ならば、最低でも十分以上は話す。主にヒロトが、だが。それなのに今日は素っ気なく通話が終わった。 サッカーの練習が忙しいと言っていた。正しくはサッカーの練習「とか」が。 とか、って何なんだ。と内心で思ったが口には出さない。 パタン、と携帯電話を閉じ、玲名は腰を上げた。 (寝よう・・・) 考えすぎは良くない。 また明日か、明後日か、一週間後かはわからないが、きっといつものようにヒロトから連絡が来るだろう。 そう思い、玲名は自室へと戻った。 胸のうちに、今まで感じたことのないもやもやとした気持ちを抱きながら。 |