「お待ちしておりましたわ、ロッティーさん。私、案内係のフィントと申します」
「よ、よろしくお願いします…」
「まあまあそう緊張なさらずに。まずはこちらから」
外観だけでも気圧されるというのに、中に入ってみるとそれ以上の景色が待っていた。広い、なんて言葉じゃ足りないよ。
高そうな壺やら骨董品やら綺麗なお花が見事に飾られていて…ああ、間違って割ってしまわないよう気をつけなくちゃ。
ふと、窓の外に燃えるような紅を見つけた。
(…教会関係の用事かしら)
宗教に政治に、神子という立場であるゼロスは毎日が仕事尽くしだ。教会の会合に参加していたかと思えば、午後から王城で談議していることもあるらしい。…ぜんぶオルガからの情報だから一つや二つぐらい嘘が混じってるかもしれないけど。
とにかく、神子ってのは大変なんだとさ。
(…でも)
今日はいつもの調子と違うような。元気がない?ああ、私が力一杯殴る蹴るしたから。…いや、冗談でもやめておこう。そんなことが知れたらゼロスの取り巻きたちになにをされるか。
けど、なぜか今日のゼロスは目が離せない。そんな気がする。…どうしてだろう。
(…あ)
ゼロスがこちらに気づいた。へらりと笑い、わざとらしいオーバーリアクションで手を振る。一応ここの主なので振り返さないとまずいだろう。
にっこりと微笑んで、出来るかぎり優雅な所作で手を振った。
迷い子との約束屋敷の中をある程度案内してもらって(あんなに広い屋敷をすべて回ろうと思ったらそれこそ日が暮れてしまうだろう)早速仕事を言い渡された。まあ、客人じゃないから当たり前といえば当たり前か。
初めての仕事は、美しい庭園の手入れだった。こんなに広い庭なのだから専属の庭師がいるのではと思ったけど、どうやらそれは杞憂だったようで。フィントさんに手渡された如雨露を手に、色とりどりの花に水を撒いている。
「…しっかしまあ相変わらず綺麗なお庭だこと」
ここは、ここだけはあの時のままだ。屋敷の内装が変わっていたからもしやと思ったけど、安心した。…懐かしいなぁ。
と、なにやら物音が。如雨露を握りしめ、音のした場所へと向かった。
「セレス…お嬢さま…?」
「ちちち違いますわ!たっ、ただの…ただの通りすがりです!」
「…ふふっ。それじゃあ通りすがりのお嬢さん、なんの御用ですか」
「あっ、あなた今笑いましたわね…!」
勝ち気で強気。兄妹そろってその自信はどこからわいてくるんだか。まったくもう、昔から変わらないなぁ。
あなたたちは私のことなんか覚えていないかもしれないけど、私はしっかり覚えてる。そんなこと口が裂けても言わないけどね。特にゼロスには。
「…私はただ…」
「ゼロスさま、ですか?」
「!」
「図星のようですね、可愛いお嬢さん」
「かっ、かわ…!?…初対面の人間に『可愛い』などと…まるで神子さまのようですわね」
「ええっ!?あんなの似てきたとか…。うわあ…嬉しくない…」
「あんなの…?」
しまった!セレスお嬢さまの前で私はなんてことを…!なんとかしてごまかせないだろうか。…いや、ダメだ。こういうずる賢いのはオルガの専門分野だ。
頭を抱えていたはずなのに、いつの間にかセレスお嬢さまの可愛らしいお顔がそこにあった。大きな瞳が真っ直ぐに私を見つめている。
「ロッティーおねえちゃん!」
「ん?どうしたの?」
「わたくしからのプレゼントですわ!」
にっこりと微笑んで、花の冠をかぶせてくれた。小さな花で作られたそれは所々折り目が逆だったりするけれど、とってもとっても可愛らしい。「…ふふっ」
くすくすと微笑むセレスお嬢さま。
いけない、懐古に浸ってる場合じゃなかった。
「随分と変わった方ですのね」
「え…」
「私、神子さまのことを『あんなの』呼ばわりする執事に初めてお会いしましたわ」
「そ、それは…」
「それになんだか懐かしい…どうしてでしょう。初めて会った気がしませんわ」
「………」
だって、初めて会った訳じゃないもの。気づいて。思い出して。でもやっぱり気づかないで。思い出さないで。
ふと、遠くからフィントさんの声が聞こえた。まずい。こっちに向かってる。どうやらセレスお嬢さまも気づいたらしく「今度はゆっくりお話しましょう」と、そう言い残して姿を消した。
「お疲れ様です。ロッティーさん。初日からお仕事頼んじゃってごめんなさいね」
「………」
「…ロッティーさん?」
「!…は、はい。次はなんのお仕事を…」
「ゼロスさまがお呼びです。今すぐ寝室へ向かうように」
to be continued...
(12.05.23.)
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