「あの…ちょっと、相談があるんだけど」

「僕に?…ふふ。いいよ。ロッティーのためならいくらでも」

「…はいはい」


掬い取った手の甲にキスをして気障な台詞をはいたかと思えば、にっこりと、とろけるような笑みでオルガは言う。

…ったくもう。本人はスキンシップのつもりなんだろうしいい加減こっちも慣れたけど、オルガの整った顔がこんなにも間近にあるのはその…心臓によくない。
いつになったらこのお姫さまごっこに飽きてくれるんだろう…なんて考えていたら、ふつふつと笑いが込み上げてきた。


「…ぷっ」

「ふふっ」


吹き出した私につられてオルガも微笑む。先ほどのものとは違う、年相応の無邪気な笑み。
こっちの方が断然いいよ。そう言ってオルガの頭を撫でたら、赤くなった顔を隠すためなのか、勢いよく抱きついてきた。


「あっ、そうだ。相談っていうのはね…」


* * *


もうすぐゼロスの誕生日だから、なにかプレゼントを用意したいなと思って。でも、ゼロスと釣り合いそうな高価なものを私の給料で買えるはずがなく。なにかいい案がないものかと、オルガに相談に乗ってもらったのだ。
最初は「ロッティー自身をプレゼントしたら?」なんて冗談めいたことを言っていたけれど、私が本気で悩んでいることを察したらしく、最終的には案を出すだけじゃなく、一緒に商品を選んでくれた。

時々なにかが気になるみたいできょろきょろ辺りを見回すこともあったけど、オルガの協力あって、なんとかプレゼント決定までこじつけた。
ゼロスに似合いそうな色だけ丁度在庫を切らしているらしく明後日入荷すると連絡を受けたので、あとは届くのを待つだけだった。


「なー、ロッティーちゃーん」

「なんでしょう」


ゼロスはソファにもたれかかりながら、猫なで声で私を呼んだ。
ったく、大の男がなんつー声を出しているんだか。これじゃまるで大きな子供だ。まあそんなやつでも色々世話になっているので、日頃の感謝というものを誕生日とプレゼントにかこつけてちょっとでも伝えられたらな…と。

埃をたてないよう布巾で乾拭きしていると、突如背中になにかがのしかかる。振り返らなくても、それが誰の仕業かなんてわかる。
この部屋には、私とゼロスしかいないから。


(お、重い…)


こんな風にじゃれついてくるのには少し慣れたみたいで、ちょっとやそっとのことじゃ掃除の手を止めなくなった。
構ってくれと言わんばかりにすり寄ってはくるものの、なんだかんだ本気で邪魔するつもりはないみたいだし。

だけど、今日はいつにも増してしなだれかかってくる…ような気がする。


「ご機嫌だねえ」

「そうですか?」

「なんかいいことでもあった?」

「いいこと…。そうですね、嬉しいことがありました」


ゼロス、気に入ってくれるといいなあ。品物を選ぶセンスとかそういうの皆無だから不安だけど、私なりに(オルガと一緒に)頑張ったつもりだから。


「お出かけ…とか」

「ええ、出か……えっ?」

「そっか〜、お出かけ楽しかったのかあ」


どうして言い当てられたのだろう。いや、きっと偶然だ。何事もなかったかのように再び掃除に取りかかろうとしたら、ちょこんと顎を乗せてきた。肩に乗せられた上、そこで喋るものだからくすぐったい。
視線をやると、ゼロスは蒼色を細めてにまーっと微笑んだ。
…いっ、嫌な予感が…。

その予感が現実にならないよう距離をとろうと身をよじったのだが、ゼロスの反射神経が私のそれより上だった。
身をよじったがために後ろは机、倒れないよう後ろ手をついてしまったのが失敗だった。覆いかぶさるようにして、ゼロスが手をつく。

ご満悦なゼロスを見て、血の気が引いていくのを感じた。


「隠し事はよくないと、俺さま思うんだけどな〜」

「べ、別に隠し事なんて…」

「ふーん…」


ど、どうしようまったく信用されてない。
確かに嘘だから疑われて当然なんだけど。ああもう、こんな時オルガみたいに言葉巧みに言いくるめられたらって心底思う。嘘をつくとすぐ顔に出るってみんなに言われるし…。でも、ここで洗いざらいはいてしまったらサプライズもなにもあったもんじゃあない。

なんとしてでも、嘘を貫かなきゃ。


「そっ、そんなことより!この前、オルガに新しい茶葉をもらっ…」


オルガの名前を出した途端、ゼロスの表情がわずかに歪んだ。
…な、なんでそんな怖い顔するの。


「ぜろ…」

「黙って」

「っ…!」


首筋にちくりとした痛み。
…え?い、今、ゼロス…わ、わた、し、かっ、噛まれた…?え?な、なななななん、なの。なっ、なにが起こってるの。

状況がまったく理解できない。けれど、このまま流されてしまうのはまずい。本能がそう告げる。
抵抗して、何度も何度もゼロスの名前を呼んでみたけれど、ゼロスの反応はなく、代わりに私の上ずった声が聞こえるだけだった。


「や、やだ…」


拒否しても力で敵う訳がない私は、いやだいやだと首を振ることしかできなくなっていた。
ふと、ゼロスの姿が見えなくなった。ぼうっとした頭で安堵したのもつかの間、彼は、あろうことか靴を脱がしはじめていた。


「ばっ……馬鹿ああああああ!!」


右足を、これでもかというぐらい蹴り上げた。そしたらゼロスが軽く宙に浮いて、半円を描くように頭から落っこちた。
ぐしゃっ。と、鈍い音。


「いっ…て〜!」


顔を押さえながら、ゼロスはゆっくりと起き上がった。渾身の一撃がクリーンヒットしたようだ。
ゼロスと一緒に吹っ飛んだヘアバンドの白が、真っ赤な絨毯によく映える。
…って、そうじゃなくて!血…!?


「俺さまの美しい顔に傷をつけたんだ。この罪は、ロッティーちゃんの一生をもって償ってもらうぜ」


でひゃひゃひゃ!と下卑た笑いを浮かべるゼロス。
ああああどうしようこのままじゃメルトキオ…いや、テセアラ中の女性から命を狙われることに…!?



「あー…、悪い。目、覚めたわ」


ぽすん。と、頭に乗せられたゼロスの手。あれ?今の、でひゃひゃひゃ笑ってたゼロスは私の想像の中のゼロスか。
さっきまでの怖いゼロスじゃなくて、申し訳なさそうに眉を下げた、いつものゼロス。…ああ、よかった。


「…うっ、うええええ」

「ほんとごめん…。怖かったよな」

「うっ、うううっ…よかっ、たあ…よかった、よぉ…!」

「…ん?」

「いつものゼロスに戻ってくれて、ほんとによかったあ…!」


布巾を投げ捨てて(というか今の今まで必死に握り締めていたらしい)ゼロスに抱きついた。
だって、ほんとに怖かったんだもん。ゼロスが、ゼロスじゃなくなっちゃったみたいで。


「…あの〜」

「?」


ひとしきり泣いた後、落ち着いた頃を見計らってゼロスが鏡を指さした。傷を作ったゼロスの顔と、それに抱きつく私の姿が写っている。制服の白と黒、リボンの赤。そして、肌色。

…えっ。


「俺さまはこのままでもいいんだけど」

「いっ…いやあああああ!!」


本日二度目となる渾身の一撃が、高らかな音とともに、ゼロスの頬に炸裂した。


20141013
thanks リラン

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