「おいしい…」

「そりゃよかった!結構穴場なんだぜ、ここ」


金箔が散りばめられた、いかにも高級そうなチョコレートケーキを口に運ぶ。見た目通り上品な味だ。甘すぎず苦すぎず、上品だけれど庶民的。
昔と、少しも変わらない。

ゼロスの前にはフルーツがふんだんに使われた色鮮やかなケーキが運ばれた。
金色のフォークで掬い取った真っ赤な苺が、光を浴びてきらりと輝いた。…ゼロスの髪色みたい。


「…このお店、誰かに教えてもらったんですか?すっごく入り組んだ場所にありましたけど…」

「それが思い出せねーのよ。セバスチャンに聞いても『随分と昔のことですから』ってはぐらかされるしよー」

「そうですか…」

「…ロッティーちゃん?」

「なんでもありませんわ!それより、紅茶だけでなくケーキもおいしいお店なんですね」


からりと笑って話題を変えた。…つもりだった。
綺麗な蒼色が真っ直ぐに私を見据えていて、少しも目が逸らせなかった。

その美しい瞳の奥に複雑な思いを秘めたまま、ゼロスは言う。


「…ちょっとした昔話、付き合ってくれるよな?」

「……どうぞ」


紅茶とケーキとあなたと私



「昨日はありがとうございました。ゼロスさま」

「いやいや買い物に付き合ってくれたお礼よ〜。んー…いい匂い」

「…あの」

「ん?」

「掃除が…出来ないんですけど…」

「なんで?」

「なんでって…」


あんたが抱き着いて離れないからに決まってんでしょーが!…くそう重い…!邪魔だ!いっそのことちり取りで頭を殴ってやろうか。それともほうきで顔面を叩いて…って今はそういうことしちゃダメだ。私が暴れて問題にでもなったらオルガの面目丸つぶれだもん。
我慢だ我慢。大丈夫、昨日の紅茶とケーキを思い出すんだ…。ほーら、おいしかっ…


「ねぇ」

「はい?」

「俺さま…ロッティーちゃんと会ったことない?」

「またその話ですか?昨日申し上げた通りございません。それとも、今現在のことをおっしゃっているのでしょうか?それなら見てわかる通り…」


ゼロスに取り上げられた掃除道具が床に散らばる。ちょっと、せっかく集めた(とはいっても普段から行き届いているため埃などほとんどない)のに。

……ん?


「………」

「………」


視界はすべて紅一色。間違いかと思って何度か瞬いてみたけれど、景色は少しも変わらない。
優しいなにかがふわりと香った。


「…あの」

「ん?」

「なにを…」

「なにって…見りゃわかるでしょーよ」

「…そうですね」


ゼロスの両腕が腰に回されていた。触れたところから熱が伝わって、なんだか…くらくらするような。

脳が、神経が、第六感が警告している。
近すぎる、と。
離れなくちゃ、今すぐ離れなくちゃいけない。このまま流されてしまったらきっと気づかれてしまう。私が「あの」ロッティーだと。

ふと、腰に回っていた両手が離れた。
今しかない!そう思った私は全身全霊の力をこめて拳を握った。
風を切って見事ゼロスの右頬に命中!…するはずだったのだが、それが炸裂することはなかった。

――頭を、撫でられていた。






「ま、まってよロッティー!」

「ほらほら、もうちょっとだからがんばって!」


そんなやり取りを交わしながら、私たちはケーキ屋さんにたどり着いた。
私はチョコレートケーキを、ゼロスはフルーツケーキを注文する。
以前オルガに連れられて、すごくおいしかったから。だからゼロスにも教えたかった。

ほどなく運ばれてきたケーキを前に、ゼロスはきらきらと目を輝かせていた。







ゼロスの蒼色が少しだけ見開いた。
私は、その場から逃げ出した。














to be continued...

(12.09.10.) 

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