第1話 empty [ 3/4 ]
ここは《学園都市 サイバック》。 テセアラ中の学生達がこぞって勉学に励む街。 研究熱心な彼らのお陰で、ディアナは何一つ不自由ない生活を送っていた。
けれど彼女の色鮮やかな双眸に活気ある光は宿っておらず、どこか「がらんどう」としている。
「…つまらない」
あたたかな光が降り注ぐ窓の縁に頬杖を付き、ディアナは誰となく独りごちる。
時刻は昼間。王立研究院の生徒ならば今頃、皆と同じく机に向かっているはずなのに。 彼女は、どこか遠くを見つめていた。
「…つまらない」
先ほどの言葉を反復すると、ディアナはその綿毛のようなブロンズヘアを一房摘み、くるくると指に巻き付け遊び始めた。 彼女がここにいる理由は、勉学に励みたかった訳ではない。
ある事情が関係しているのだ。
「そんなに退屈なら、今すぐ連れ出してやろうか?お姫サマ」
「…誰」
ディアナの視線の先には、風に舞う美しい真紅。端正な顔立ちの青年だった。
派手な髪色と対照的な落ち着いた蒼色の瞳を細め、彼は言う。
「私めはゼロス・ワイルダーと申します。以後、お見知り置きを」
「………」
「ん?」
「…近い」
端々に見える優雅な所作から、彼が上流貴族であることは間違いない。 けれど麗しい笑みはどこかに消え去っていて、今ディアナの目前に映るのはにやけきっただらし無い顔。
しかしそれすらも様になってしまうのだから、世の中平等ではない。
「これはこれは失礼致しました。あなたがあまりにもお美しいもので」
まだ幼さは残るものの、どこか神秘的な雰囲気を感じさせるディアナ。 左右で色の違う瞳がそれを醸し出しているのだろうか。
ゼロスはディアナの頬に手を添え、切れ長の瞳で色鮮やかな双眸を見つめた。
「…何」
何の感情も込めず言い放ったディアナに、ゼロスはにやりと笑う。
「ハニーのお名前は?」
「………」
「あらら〜?聞こえなかったのかな」
少しの力を込めて華奢な腕を引っ張れば、ディアナの体はいとも簡単に腕の中に収まる。 しかしディアナは抵抗することなく、ゼロスの蒼色をただ見つめた。
絡まる視線の奥底には、何の感情も生まれない。
「…ディアナ。私の名前は、ディアナ」
「ディアナちゃんね!よーし覚えた!そうそう、俺さまのことはゼロスくんって…」
「ねぇ」
「…はい?」
「どうして、楽しくもないのに笑っているの」
楽しくもないのに、へらへら笑うなんて馬鹿みたい。 ああでも、私も昔はよく笑ってたっけ。
パパとママと私。 三人で暮らしていたあの頃は――。
第1話 empty
「ねぇ、聞いてる?」
「聞いてますともミトスさま〜」
「だったらもう一度聞く。どうして人間なんかさらってきたのさ」
ゼロスに詰め寄る少年の名は、ミトス。 冷え切ったミントグリーンでゼロスを睨むも、彼はそれをものともしなかった。
それどころか、笑みを浮かべてミトスを挑発する。
「お子さまには歳の近い『オトモダチ』が必要かな〜と思ったんで」
「…っ!」
怒りに任せて拳を握れば、ゼロスはそれを見ていやらしく笑う。 まるで「やれるものならやってみろ」と、挑発するように。
けれど振り上げた小さな拳が、ゼロスに命中することはなかった。
「…ふん。あんまりボクに逆らうと、大事な妹とロイド達が、どうなっても知らないよ」
「…ディアナちゃーん」
重々しい扉の奥から、ディアナと二人の男が現れた。彼女の両脇に控える彼らの名は、ユアンとクラトス。
二人は、ミトスが統べる神の機関「クルシス」の幹部である。
「…ミトス」
『!』
「あなたが、ミトス…」
to be continued...
(10.10.21.)
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