その日テセアラは大寒波に襲われ、未だかつてないぐらいにぐっと冷え込んだ。
手や鼻は悴んで真っ赤に、吐息は寒さで白くなる。

メルトキオにて休息をとろうと、グランテセアラブリッジを渡る一行。
ふと空を見上げれば、鈍色の厚い雲が幾重にも重なりあっていた。


「クレアちゃーん!」

「にゃあっ!」


少しの助走をつけて背後から抱き付いたのは、休息をとろうと申し出た張本人、ゼロス。
冷えきった手の平を無理矢理頬に押し当てれば、クレアの肩がびくりと震える。


「あう…た、体温が奪われるよぅ…」

「クレアちゃんてば温いな〜♪」


ガタガタと歯を鳴らすクレアを気にする様子もなく、細い指がふにふにと頬を揉む。
その柔らかさが気持ち良いのか、時折伸ばしたり抓ったりして遊んでいる。


「…あれ?」


楽しそうに頬を揉み続ける華奢な指を視界の端で捉えると、妙な違和感を感じた。
疑問に思ったクレアがゆっくりと彼の両手を掬い取れば、感じていたそれに納得する。


「…グローブ、外しちゃったの?」


そう、ゼロスは普段嵌めているはずの二の腕まであるグローブを身に着けていなかったのだ。


「ん?…ああ、だってクレアちゃんに直接触れるだろ?」


普段よりトーンの低い声色でゼロスが囁く。
再び頬を中心に彷徨い始めた指が首筋へ伸びたとほぼ同時、クレアが勢い良く顔を上げた。

背後から抱き付いている為に表情こそ見えないが、心なしか怒気を含んだようにも感じ取れる気まずい雰囲気が二人の間を漂った。


「お、俺さままだ何も…って、クレアちゃん?」


していない、という弁解の言葉がゼロスの口から発せられることはなかった。

何故なら、クレアが突如自身の両手で彼の両手を優しく包み込んだから。
無言のままゼロスを見上げ、眉間に皺が寄ったかと思えば次の瞬間には眉尻が下がる。

気まずい空気が流れてから漸く、クレアが声を発した。


「…気付いてあげられなくてごめんね。ゼロス、冷え症なんでしょ…?」

「へ?」

「だいじょぶ、私が温めてあげるから!」


クレアがにかっと微笑めば、ゼロスは何も言い返せないまま開きかけた口を噤む。
彼女と知り合って数日しか経っていないにも関わらず、些か馴々しいと思える行動に対して不快な気分になることはなかった。

むしろ、その温かさを心地好く感じる。

しかし、初めての出来事にどう対応して良いのか分からずあれこれ考えていると、クレアが怖々と口を開いた。


「…温かく、ない?」


余程怪訝な表情をしていたのだろうか、クレアは至極申し訳なさそうに呟く。

大きな栗色の瞳から今にも涙が零れそうだ。
この少女は自分のことを特別扱いしない。他の仲間達や、初めて出会った人物にだって同じ行動を取るだろう。

瞼を閉じれば、その姿を容易に想像することが出来た。
それが何だか微笑ましくて、自然と頬が緩む。


「いんや、クレアちゃんのお陰で大分温かくなってきた」

「…ほんと!?じゃあ、もっともっと温かくしてあげるね!」

「…うん」


分厚い雲の隙間から少しずつ薄日が射してきた。
遠くから自分達を呼ぶ仲間の声が聞こえる。

未だ真剣な表情の彼女を向けば、かち合う栗色の瞳。


「…ありがとな、クレアちゃん」

「えへへ…。どう致しまして!」


クレアは照れくさそうに微笑むと、ゼロスの手を引いて歩き始めた。




(…ゼロス、顔が赤いけどどしたの?)
(クレアちゃんの愛で温められてる証拠よ)
(えへへ…。何だか照れちゃうな!)


2010.02.18. 


thanks:Mr.majorca

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