「目覚めろ、大樹カーラーン!」


シルヴァラントとテセアラ、ふたつの世界がひとつになり「世界再生」を目指していたクレアたち一行の旅は終わった。旅の途中にそれぞれ自分がやるべきことを思い描いたり、話し合ったりしていたのだろう。彼女たちは迷うことなく新しい道を進んだ。

明日からもうみんなと一緒に旅ができないんだ。笑いあったり、食卓を囲んだり、背中を預けて戦うことができないんだーー。
世界がひとつに統合された今、共に行動する理由はなくなった。頭ではわかっているのに、心がついていかない。違う道を歩んでいても、心はいつも一緒なのに。私たちはいつだって繋がっているのに。顔が見られない、声が聞けない、触れられない。それだけで……ああ、なんてわがままなんだろう。


ぼんやり浮かぶ月を眺めながら、クレアはぽつりと呟いた。


「コレットたち、どんなお話してるんだろう…」


コンコン。ノック音が響く。慌てて窓とカーテンを閉めたクレアは、急いでドアの前へ向かった。しかしドアノブを回した瞬間に足がもつれてしまって、勢いと体重とがかけられたそれは来訪者の額を直撃する。


* * *


「クレアはね、辛いことがあっても…我慢しちゃうから」


嫌なことがあった。とても些細なこと。ああ、悲しいな。その時はそう思う。次の日には忘れていることが多いし、大好きな人たちとお話しているとそんな気持ちはすっとどこかへ行ってしまう。だから誰にも打ち明けない。だって、そんな小さなことでみんなの時間を使いたくないもん。彼女はきっとそう言うだろう。
だけど本当は少しずつ少しずつ積もっていって、溢れてしまう直前になってようやく彼女は気付く。我慢していたんだと。でも、それでもやっぱり他を優先してしまう。だからこっちが気付くしかない。いつもと変わらないよう振る舞う彼女に、気付いてあげるしかないのだ。


「私もね、気付けないことがあるの」


そう言ってコレットは月を見上げた。
一人でいるときは辛い気持ちがどんどん膨らんでいくのに、その後、誰かと会って話をすると楽しい気持ちの方が勝ってしまう。だから、いつものクレアだって。


「でも、ほんとはね、気付いてほしくて、だけど自分からは言えなくて…苦しんでるの」


辛い気持ちを押し殺して、なんでもないように振る舞う姿。目の前で話している少女と栗色の少女を重ねてゼロスは思った。ああ、やっぱり彼女たちは家族なのだと。
マナの血族とはいっても必ずしも同じ血を分けた存在であるとは限らない。けれど、迷惑をかけたくない。自分が我慢すればいいことだ。そう思って一人で悩みを抱えてしまうところは特に似ている。


「私は、クレアの側にいられなくなるから…」


コレットはロイドと、クレアはゼロスと旅に出る。果てしなく長い旅。
もちろん心はいつも一緒だ。だけど、気付いてあげられるのは、声をかけてあげられるのは近くにいるひとだけ。だから彼女は。


「…ありがとな。コレットちゃん」


ずっと隣にいたはずの存在が、今度は自分じゃない誰と共に歩む。
おめでとう。よかったね。喜ばしい気持ち。けれども同時に、少しだけ寂しい気持ち。


「クレアのこと、よろしくね」

「ああ。なにがあっても、クレアちゃんのこと泣かせたりしねーから」


ゼロスの言葉に、コレットはにこりと微笑んだ。そのとき「コレットを泣かせたら、いくらロイドでも許さないんだからね!」ヘイムダールでの彼女の言葉が、表情が、頭をよぎる。
ふ、と小さく微笑んだゼロスはゆっくり腰を起こした。


「んじゃ、そろそろおいとまするとしますか。付き合ってくれてありがとな」

「私の方こそ遅くまでごめんね」

「いいってことよ。か〜わいいコレットちゃんの頼みとあらばいつだってすっ飛んできますから」

「ふふっ」

「そうだ。コレットちゃんたちは明日、早いのか?」

「?ううん。お昼頃、出発する予定だよ」

「そしたら四人でメシでも食いに行こうや。店は俺さまが選んでおくからよ。部屋で待っててくれれば、お迎えにあがりますので」

「…ありがとう、ゼロス」


* * *


コレットとロイド。彼女たちは明朝、迎えに行くとして。今自分が向かうべきところは。我慢して、堪えられなくなって、ひとりで泣いているかもしれない少女の元。
一番近くにいたコレットですら気付けないこともあるというそれを果たして彼女は打ち明けてくれるだろうか。もしかしたら扉を開けた瞬間、にっこり笑って「いつもみたいに」迎えられるのかもしれない。

でも。それでも。
ゼロスの足は迷うことなく、彼女の元へと向かった。


20151223
thanks ことばあそび

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