ぱたぱたぱた。

手にした資料には一切目をくれず、右へ左へとせわしなく動いているクレアの後ろ姿を追っていた。黒いスカートが、腰の辺りで結ばれた白いリボンが、歩くたびにふわふわ揺れる。

あー生きててよかった…。

頬を緩めながら、ゼロスは心底そう思うのだった。


* * *


「見て見て!今日はね、ゼロス専属のお手伝いさんになるんだ」


スカートの裾をつまんで、くるくる回って全身を披露するクレア。

ワンピースは首と袖が折り返すデザインになっていて、エプロンの肩の部分とポケットにはフリルがふんだんに使われている。
足元は、三つ折りの白靴下に黒い靴。ぴかぴかの靴を指差して「これ、ぴったりなんだよ〜」と、嬉しそうに微笑んだ。
長い髪は編みこんだものをきれいにまとめてあるらしい。後ろ姿を見るまではばっさり切ったのかと勘違いしてしまった。

ん、いや、ちょっと待て。嬉しいけど、めちゃくゃ嬉しいけど「お手伝いさん」って、なにこの夢みたいな展開……ああ、そうか。夢みたいな展開、じゃなくて、都合のいい夢なんだな。


「分からないことだらけでいっぱい迷惑かけちゃうと思うけど、私、頑張るね!」


そう言ってにっこり笑ったクレアは、むん!と気合いを入れて両手でガッツポーズ。
ああもう、俺さまの脳内完璧。こんなにも忠実に再現できる夢なんてなかなか見られるもんじゃねーよなぁ。目覚めた後も思い出せるように、よーく焼き付けておこう。


* * *


あー…部屋に戻った後もメイド服姿のクレアちゃんがいてくれればいいのに。もうちょっとしっかり焼き付けておけばよかったかも。でも「いってらっしゃい」って手を振るクレアちゃん、可愛かったな〜。

そんなことを思いながら顔を洗っていたら、大きな音がした。なにかが立て続けに落ちる、バサバサという音。
おかしい。部屋には誰もいないはず。例え誰かが掃除をしていたとしても、こんなに大きな音をたてる執事はいないはずだ。

急いで部屋に戻ると、音の原因であろう大量の本にまみれたクレアがいた。


「ご、ごめんね…。お掃除してたら倒れてきちゃって…」

「え…」

「すぐに片付けるか……わわわっ!」


拾い集めた本とは別の本につまづいて、わたわたと両手を動かすクレア。反射的に手を伸ばすと、いとも簡単に触れることができた。
感触があって、音があって、触れたところから体温が伝わる。

夢じゃ…ない?半信半疑で頬をつねってみた。痛い。夢じゃないと確信して、改めて目の前のクレアちゃんに視線を落とす。


(似合いすぎだろ…)


この際、誰がこのメイド服をこしらえたかなんてどうでもいい。
こうなったらとっとと仕事を片付けて、このしあわせな時間を少しでも長く味わおう。そう決めて机に向かったまではいいのだが。

ぱたぱたぱた。

あーもう、いつもならこれしきの仕事に手間取ることなんかねーのに。効率よく消化するのに。意識がぜんぶそっちにいっちまって集中どころじゃねぇ。

ぱたぱたぱた。…ぱたん。


「…あっ」


ぱたぱたぱた。カチャリ。


「ふぅ、危ない危ない」


ぱたぱたぱた。きょとん。


「お仕事…はかどらないの?」


ゼロスの顔を、心配そうに覗き込むクレア。
ったくもー、クレアちゃんは無意識、無自覚でこういうことやっちゃうんだよなぁ。無防備にも程があるっつーの。


「なにか手伝えないかな」

「…。…それじゃあクレアちゃんにしかできないこと、してもらおっかな〜」

「私にしかできないこと…?」

「そ」


なにをすればいい?小首を傾げて答えを待っているクレアを抱きかかえれば、彼女は大きな瞳をぱちぱちと瞬かせた。
ふわり。いい香りがする。…あーもう限界。

気づけばクレアを組み敷いていた。彼女はただただ不思議そうに見上げている。どういう状況にさらされているのか、これからゼロスがなにをしようとしているのか、理解していないようだ。
ごめん、余裕なさそーだわ。


「ゼロス…?」

「クレアちゃん…」


するり。と、頬を撫でた。のはゼロスの手ではなくクレアの手だった。彼女は心配そうにゼロスの頬を撫でていた。
ああ、意味は分からなくとも伝わっちまうんだな。自分にはないそれを、時おりとてつもなく疎ましく思ったりもするけれど、それが彼女の魅力なのだ。少なくとも自分はそう思う。

頬を撫でる細い手を掴み、目を見て「大丈夫だから」と呟けば、クレアはにこりと微笑んだ。つられてへにゃりと微笑んだら、なんだか力が抜けてしまって、ゼロスはクレアの横に顔を埋めた。

ちらりとクレアを一瞥すると、彼女のそれと視線がかち合った。額を寄せて何度か瞬きをすれば、どちらともなく、ふたりは微笑みあう。


20150402
thanks otogiunion

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