純粋に誰かを想うこと。穿った目で見ず信じること。ひたむきでいること。

いつからだろう。目の前のひとが、本当に信頼できるのかどうか、何度も何度も執拗に確認するようになってしまったのは。
距離が近くなった。物理的なものではなく、心の距離。あくまで私の感覚だから、実際にはそうじゃないのかもしれない。

どうしてかな。昔はこんなはずじゃなかったのに。


「…いえ、結構です」


ずっとずっと想い続けていたひとからの告白。プロポーズ、というほどではないのかもしれないけれど、極めてそれに近いもの。
その言葉を待っていたはずなのに、確かに胸は高鳴ったはずなのに、私の心が「本当にいいのか」と問いかける。

食事をして、話をして、時には身体を重ねることもあった。
距離が縮んだ。そう思ったら、次に会ったときには距離が開いた。友達に話したら「そんなのクレアの勘違いじゃない?」って言われるけど。


「本当に、私のこと…すきですか?」


ゼロスは、綺麗な蒼い瞳を見開いた。でもそれも一瞬のことで、すぐにあの表情を浮かべた。極めて本物に近い、嘘の仮面。
ああ、また距離が開いた。


「…クレアちゃんは、そういうつもりで俺さまと会ってたわけ?」

「そういうつもり?」

「金とか、地位とか、権力とか」

「………」


違う。そんなものに興味はない。ある一定の距離に達すると、そこから縮まらないことに不安を抱いただけ。
違う。なのに、その一言が出てこなくて。ゼロスは、背筋が凍ってしまうような冷たい視線を私に投げつけた。


「…よーくわかったよ」

「え…」

「クレアちゃんも、あいつらと同じで、俺さまのこと『モノ』としか見てなかったんだな」


そう言ったゼロスの瞳は、とても悲しそうだった。
違うよ。そうじゃない。私が言いたいのは…。


「…じゃーな」

「…ゼロ…」


席を立ったゼロスは、店を出て行く。私の声に耳を傾ける様子もない。

どうしよう、そんなつもりじゃなかったのに。私がゼロスを信用しないから、ゼロスを傷つける結果になってしまった。モノとして見てるわけないじゃない。
貧民街で暮らす男の子と楽しそうに遊んだり、髪型を変えたら誰よりも先に気づいて誉めてくれたり、行為の最中にだけ見せる切なげな表情が、私は…。

…自分のことしか考えていなかった。自分から見たゼロスのことばかりを気にしていて、ゼロスが私をどう思ってくれているなんて、考えたこともなかった。
私が、ゼロスを傷つけた。


「…っ、ゼロス!」


私は自己中心的な考えの人間だけど、ゼロスのことを『モノ』だと思ったことは一度もない。
傷つけてごめんなさい。私のことを信じてくれたのに、ゼロスのことを信じられなくてごめんなさい。

心の中で、なにかがことりと音をたてた。


「…すき、です」


消え入るような声だった。
もっと他に言い方があったのかもしれない。だけど、今の私にはそんなことを考える余裕すらなかった。
手を繋がれても、髪を撫でられても、キスをされても、出なかった言葉。


「…ずっと、ずっと、すき…でした…」


…あれ?どうして私、泣いてるの…?


「…ようやく言ったな?」


振り返ったゼロスは、困ったように笑って私の涙を拭った。

不思議なことに、それ以上涙はこぼれなかった。


20140720
thanks はこ

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