歴代の神子の中でも特に慈悲深く慎ましい女の子。そう、噂には聞いていた。
居候というかたちで時間を共有するようになって、コレットが噂よりも一層「神子」にふさわしい人物なんだと気づかされる。
疲れたら、ゆっくり眠っていいんだよ。
辛くなったら誰かに甘えたっていいの。
泣きたい時には、泣いてもいいんだよ。
ひとりぼっちになってしまった私に、コレットがかけてくれた言葉たち。
(…でも、当のコレットは?)
彼女と出会ってまだ一年しか経ってないけど、わがまなんて聞いたことがない。泣いているところなんて見たことがない。
もちろんイセリアのみんなは優しい人たちばかり。でも、嫌な思いをまったくしていない…はずはないと思う。
ねぇ、コレット──。
「たまには、思いっきり泣いてもいいんじゃないかな」
「…え?」
きょとん、とコレットは首を傾げた。
へ…?も、もしかして今の、言葉にしちゃってた…!?
慌てふためく私をよそに、持っていた盆を机の上に置いてコレットは微笑む。
ふたつのカップからは湯気が立ち上り、やわらかい香りが部屋中に漂った。
「『泣く』…って、どして?」
「え、えと…」
「?」
「つ…辛いことがあるなら、我慢せず泣いてもいいんじゃないかなと思って」
「辛いこと?」
「…うん」
「私、辛いことなんてないよ。クレアやロイド、お父さまやお祖母さま、ジーニアスやリフィル先生や村のみんなに囲まれてしあわせだもん」
窓を開けて朝陽を浴び、爽やかな風を感じながら伸びをする。と「おはよう!」と声がした。
見れば、正方形の箱を提げているロイドと両手いっぱいに本を抱えるジーニアス。
…そうだ、今日は秘密基地に行く約束をしてたんだった。
「…でも」
「?」
「…旅に出るのは、ちょっとだけ怖い…かな」
「コレット…」
「もちろん楽しみでもあるんだよ。私、あまり村の外に出たことがないから、色んな景色や世界中の人たちに出会えるのがすごく楽しみ」
だけどもし、失敗したらどうなってしまうのだろう。成功してもなにが起こるかわからない。
私、ダメな神子だね。少しだけ困ったような表情でコレットは言う。
かけるべき言葉が見つからなくて、私はコレットを抱きしめた。
肩が、少し震えている。
「たまには」
「…?」
「たまには、弱いコレットも見せて」
「…弱い、私…?」
「うん。誰にも言わないし、コレットが話すまでなにも聞かない。私が、ぜんぶ受け止めるから」
「でも…」
「『泣きたいときには、泣いてもいい』でしょ?」
「…うん。ありがと、クレア」
世界再生はコレットにしかできない。それはコレットが神子だから。天使の子供と呼ばれる彼女の背中には「世界」という大きなものが常にのしかかる。
だけどコレットは、どんなことがあっても逃げ出したりしないんだろう。前だけを見て、ひたすら突き進むにに違いない。
でも、たまには後ろを向いてもいいんじゃないかな。立ち止まってもいいんじゃないかな。
だってコレットは神子である前に、ひとりの人間なんだから。
20130810
世界は確かに色付いたさま提出作品。