風がクレアの髪をさらって、ふわりと揺れた。
芽吹いたばかりの新緑が香る。

ユミルの森ほどではないけど、たくさんの自然に囲まれているここはボクと姉さまとクレアだけが知っている秘密の場所。
葉と葉の間から洩れる陽射しのあたたかさに安らぎを覚え、その眩しさに思わず目を細めた。空は青く澄んでいて、雲ひとつ見当たらない。
ばさ、という音と共に小鳥が羽ばたいた。

ああ、世界のぜんぶがここみたく綺麗だったらよかったのに。


「さっきの子供、ハーフエルフなんだとさ」

「今朝追い出した二人組か?」

「そう。女の子の方は人間らしいけど…物好きねぇ」

「見たところ兄妹って雰囲気でもなかったしな」

「あーあ、残飯でも出せばよかったかしら」


ハーフエルフ相手にもったいないことしちゃったわ。と、馬鹿にするような笑い声。
昨晩世話になった宿屋の主人と奥さんだ。
世話になった、とはいってもボクがハーフエルフであると判明した途端クレア共々追い出されてしまったから、表現として適切じゃないのかもしれないけど。

…ハーフエルフは、どこに行っても疎まれ、蔑まれ、差別される。
わかってる。もどかしくても、悔しくても、どうしようもないことなんだって。


「ねぇ、聞いてる?」

「…え?あ、う、うん…」

「嘘つけ!ミトス、さっきからぼーっとしてるもん!」

「ちゃんと聞いてたってば」

「ほんとに?」

「念願の治癒術が使えるようになった夢を見たんでしょ」

「うん!そう!そうなの!治癒術って、かけられる方もそうだけど、かける方もあったかい気持ちになるんだねぇ」


いつか現実になったらいいのにな!そう言って笑ったクレアの頬に、真新しい切り傷があった。
砕け散った食器の破片が、ボクの目前で彼女の皮膚を切り裂いたのだ。
なのにクレアは「痛い」とも言わず、抵抗する素振りも見せず、ボクの手をひっつかんで宿屋を飛び出した。

そのときのクレアの表情だけは、病み上がりの頭でもしっかりと記憶している。


「クレア」

「ん?」

「…ごめんね」

「?」

「傷…ボクのせいで…」

「ああこれ?帰ったらマーテルに治してもらわないとね。あっ、ついでに治癒術の秘訣なんかも聞いちゃおうかな!」


そう言ってクレアは楽しそうに笑う。

彼女と出会った頃は、ただの偽善者だと思った。どうせいつかは愛想を尽かして去っていく。今までも、これからもきっとそうだ。

だけどクレアは怪我を負っても、心ない言葉で罵倒されても、ボクの…ボクと姉さまの側から離れようとはしなかった。
そんな姿を見ていたら、クレアみたいな人間もいるのかな…。と、淡い期待を抱いてしまう。

だけど、


「出ていけ!二度と来るんじゃない!」

「ハーフエルフはいるだけで空気が悪くなるの」

「ご、ごめんなさ…」

「そうよ。さっさと消えてちょうだい!」


人々の怒鳴り声が聞こえた。か細い声は、口汚い言葉にかき消されてしまう。

…ほら、やっぱり。

人間なんて、エルフなんて信用しちゃいけないんだ。いつか必ず裏切るに決まってる。
裏切られるぐらいなら、最初から信じない方がいい。


20130612
thanks 誰花

あとがきとお返事

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