大樹の先のつぼみははちきれんばかりに膨らんでいて、薄桃色の花が咲くまであと少し。
窓から見えるこの景色を、小さな頃から楽しみしていた。

雲ひとつない青空の下、友達と一緒にご飯を食べたり、他愛のない話で笑いあったり、沈んでいく夕陽を眺めることが、ささやかな夢だった。
けれど、それらは夢のまた夢。一生縁のない世界なのだろうとセレスはため息をついた。


「よお!なーにふさぎ込んでんだ?」

「久しぶり、セレスさん!」

「神子さま…!?それに…クレアさん?」


「どうしてここに」呟くようなセレスの言葉は、クレアの声にかき消された。


「セバスチャンさんがサンドイッチを作ってくれたの!セレスさんも一緒に食べよ?」


そう言ってクレアはにこりと微笑んだ。出会った頃と変わらないやわらかな笑みに、懐かしさがこみ上げる。


「…はいっ!」


* * *


青々と茂る草原に腰を下ろし、心地好い風を感じながらバスケットを囲む。
ポテトサラダやハム、ふわふわの卵や色とりどりのフルーツなど、セバスチャンお手製のサンドイッチは食感だけでなく、視覚的にも楽しめた。

一口サイズにちぎりながら食べるセレスの横で、クレアは思いっきりかぶりついていた。貴族の間では見られないその食べっぷりに驚いたが、おいしそうに頬張るクレアを見ているうちに「真似してみたい」思うようになった。
恐る恐る口元まで運び、ぱくり。と、一口。


「おいしい…」

「な?こうやって食べた方がおいしいだろ」


そう言って笑ったゼロスの表情は、見違えるほどやわらかいものに変わっていた。


「しっかしよー、この距離感…なんとかなんねぇ?話しにくいだろ」

「私はクレアさんとお話ししにきたのでなんの問題もありませんわ。お兄さまこそ、もう少しクレアさんから離れていただけませんか?」

「えー…」

「えー…ではありません」


くすくす。二人のやりとりを見て、間に挟まれているクレアは思わず声をあげた。二人とも素直じゃないなあ、なんて言いながら。


「それって俺さまのこと?」

「そうですわ。ね?クレアさん」

「んー…秘密、かな」


人差し指を唇にあてて、クレアはいたずらっぽく微笑んだ。どうやら続きを答えるつもりはないようだ。

クレアはサンドイッチを頬張り、空を見上げる。彼女にならって空を見上げれば、真っ赤な夕陽が視界いっぱいに飛び込んできた。
少しずつ沈んでゆくそれは美しく、神々しかった。


「…ひゃっ」

「クレアさん?」


声の主に視線を向けると、夕陽のように顔を赤く染めていた。
そんなクレアにしなだれかかり、嬉しそうに微笑むゼロス。


「お兄さま…クレアさんになにをなさいましたの?」

「なっ、なんでもないの!それよりもサンドイッチ食べよ!早くしないと冷めちゃうよ?」

「サンドイッチは冷めませんわ、クレアさん」

「え、えへへ…」

「…お兄さま。もう一度お尋ねします。クレアさんになにをなさったのですか?」

「んー…お前にゃまだ早いかなー」

「まあ…!なんですのその小馬鹿にした態度は!教えてくださいクレアさん!お兄さまはなにをなさったのですか!?」

「…ひ、秘密…かなっ」

「そーそー!俺さまとクレアちゃんだけのひーみーつー!」

「なっ…」

「あんまり問いただすのは野暮ってもんだろ?」


ゼロスがにやりと笑えば、セレスはぷくっと頬を膨らませた。
よくない方向に進みつつあるムードを打破するべく、クレアは声を励ました。


「今日はね、セレスさんにお土産を持ってきたの」

「お土産…ですか?」

「はいっ、どうぞ!」


長方形の小包を受け取ったセレス。真っ赤なリボンを解き、箱をあけると、小ぶりのネックレスが入っていた。
しなやかなチェーンに翡翠色の石。それは、見慣れた神子の宝玉に似ていた。


「私とゼロスからのプレゼント!気に入ってもらえると嬉しいなあ」

「大事にしろよ?」


きらびやかなプレゼントを贈られることも、高価なプレゼントを贈られることもあった。けれどそれらはセレスのためを想ってではなく、社交辞令だったり、神子に近付きたいがための贈り物だった。

下心のない、セレス自身を想った二人からの贈り物は、どんなものよりも輝いて見えた。

嬉しくて、嬉しくて、堪えられない気持ちが涙という形で溢れ出す。
慌てふためく二人をよそに、セレスは満面の笑みでこう言った。


「ありがとう、ございますっ…!お兄さま!クレアさん!」


薄桃色の花は、少しずつ、花弁を広げていく――。


20130322
thanks はこ

あとがきとお返事

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