照りつけるような陽射しはもうなく、分厚い雲が太陽を覆い隠している。少し肌寒い。曇天が続いていたと思ったら急に晴れたり、晴れていたかと思えばなんの前触れもなく雨が降ったりと、このところの天気は安定しない。
ふと、どこからか甘い香りが漂ってきた。花の香りであることはわかるのだが、なんの種類かはわからない。
考えを巡らせていたゼロスを一瞥し、クレアは言った。
「多分『キンモクセイ』っていうお花だよ」
「キンモクセイ?」
「うん。私が暮らしていた村の近くには、たくさんたくさん咲いてたの」
「ふーん…」
目一杯両手を広げて「たくさん」を表現しようとするクレアに、ゼロスはやわらかく微笑んだ。そこには少なからず苦い意味も込められていたが、彼女を馬鹿にしているからではない。むしろその逆で、クレアを愛しいと思うからこその笑みだった。
ゼロスが笑っている隣で、クレアは気持ちよさそうに深呼吸をし、色づき始めた草原に身体を預けた。新緑から色褪せていく様をゼロスは「寂しい」と思った。しかしクレアは、移りゆくそれを「綺麗だね」と言った。
これが彼女との決定的な違いなのだ。ゼロスは自嘲的に空を見上げた。すると、名前を呼ばれた。振り返れば、寝転がりながら隣をたたくクレアの姿。
長い息を吐いた後、ゼロスもクレアに倣って薄茶色のそれに身体を委ねた。
「気持ちいいねぇ…」
「そーかぁ?ちくちくしてくすぐったいんですけど」
「んー」
「クレアちゃん?」
「んー…?」
「おねむですか…」
「んー…」
「…野生児っつーかなんつーか…」
恐らく、ロイドらと出会う前からクレアは「こう」だったのだろう。隙だらけに見えるようで掴みどころがなく、いつもふわふわしていて周りにいる人々をよくも悪くも巻き込んでゆく。それはきっと彼女が自分自身に対して、相手に対して、素直だから。
この煤けた茶色を「綺麗だ」と言ったのは、上っ面でもなんでもなく彼女がそう思ったから。思ったままを口にしただけであって、そこに深い意味はない。
ゼロスは、ありのままの姿でいられるクレアを羨ましく思う反面、少しだけ疎ましくも思う。
けれど目の前にあるやわらかい笑みを眺めていたら、そんな気持ちはどこかへいってしまった。
再び空を見上げ、雲を眺める。
ゆっくりゆっくる流れるその様は、まるでクレアのようだ。
心の中でそう呟いたゼロスの隣でクレアがくしゃみをした。やはり少し冷えるのだろう。クレアの身体を腕の中にすっぽりおさめ体温を分け合った。つもりだったのだが、睡魔はクレアの髪を弄っていたゼロスにも襲いかかる。
「『キンモクセイ』か…」
そう呟いてゼロスは目をつむった。
甘い香り。小さな花びら。
黄金色のそれを「ゼロスの羽の色に似ている」と思ったのは、クレアだけの秘密――。
ねぇねぇもっと一緒にいましょ
(今度ゼロスに『キンモクセイ』見せてあげるね!)
(…ああ)
(あれ?声が…)
2012.11.02.
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tinyあとがきとお返事