ホテル・レザレノの最上階にあるデラックススイート。そうそう手が届く料金プランではないはずなのに、この部屋の予約は数年先まで埋まっているという。
夫婦や恋人同士で利用するのが主だろうが、家族連れや友人同士で訪れる客人も少なくないと聞く。

ゼロスは今、そのデラックススイートにいた。降り注ぐ月の光が、それを反射する海が美しい。設備も景色も料理もなにもかもが最高ランクのもてなしだというのに、ゼロスの表情はどんよりと曇っていた。


「はぁ…」


ムードの「む」の字もないこの展開は一体なんなのだろう。否、こうなるとわかっていたから誘いに乗ったのだが。
少しでも期待した自分が馬鹿だった、とゼロスは深いため息をついた。その視線の先にはしあわせそうに眠るクレアの顔。彼女は、大きなダブルベッドをひとりで占領していた。

色気より食い気。
絢爛たる料理や煌びやかな装飾品などにいちいち目を輝かせる姿はクレアらしいといえばクレアらしいし、恐らくゼロスは彼女のそういうところに惹かれたのだろう。
しかし「想い」にも色々な形があるのだと、いい加減気づいてほしいものだ。


「気持ちよさそうに眠ってら…」

「ん…」

「クレアちゃーん。構ってくれないと俺さま寂しい」


ベッドの脇に腰掛けてクレアの頭を撫でる。すると、少しだけ眉が動いた。
栗色の髪に指を通せば、まだちゃんと乾ききっていないそれがクレアの香りをいつもより近くに感じさせた。


「…起きないと襲っちゃうぞー」

「ん…」

「俺さま本気だからな」


ゼロスが独りごちた時、クレアの頬が赤く染まった。

…ん?

見間違いかと思いクレアの顔を覗き込もうとしたゼロスだったが、クレアがタイミングよく寝返りを打ったため視界には彼女の小さな背中だけが映っている。
出会った頃より少しだけ伸びた栗色がふわりと揺れた。落ち着きなくもぞもぞ動くそれに、ゼロスは「そういうことか」と笑みを浮かべた。

詳しい経緯はわからないがクレアは眠った「ふり」をしている。
ならば、こちらにも方法があるというものだ。


「そーかそーか!眠ってるんだったら、なにやってもわかんないよなー!」

「む…?」

「起きない方が悪いんだぜ?」

「…っ!」


つつつ、と背中をなぞればクレアの肩が大きく揺れた。くすぐったさを我慢しているのかクレアは寝返りを打ってのた打ち回っている。
ドタン!バタン!ガタン!など、デラックスルームには似つかわしくないであろう音が響く。

…いや、これどう見ても我慢出来てないっしょ。
なんていうか…変な生物みたいになってますけどクレアちゃん。

しばらく様子を眺めていれば、くすぐったさは大分落ち着いたらしくクレアは再び眠り始めた。


(へぇ…)


どうあっても起きるつもりはないらしい。ならばこちらも最終手段に移ろうと、ゼロスはクレアの耳元に唇を近付け――かぷり。と、クレアの耳を食んだ。


「…!?」


少しの沈黙の後、クレアは声にならない声を上げてベッドから転がり落ちた。


「でひゃひゃ!俺さまの勝ちー!」

「みっ、み、みみみみ」

「クレアちゃん、耳弱いもんな〜」


どうやらゼロスの行動はクレアの許容範囲を超えていたらしく、耳を押さえながら小刻みに震えている。
起き上がれないクレアをベッドまで運び「なんで寝たふりなんかしてたの」と問えば、クレアはようやく観念したのか、ゼロスの蒼色を見つめ、申し訳なさそうに言った。


「…ゼロスに…」

「ん?」

「ゼロスに構ってもらえるかな、って…思ったの」

「え…」

「ほんとはもっとお話するつもりだったんだけど、私がひとりではしゃいじゃったから…全然お話できなくて…。…ごめんね、ゼロス」


告白する度に下がってゆくクレアの頭に手を乗せ、柔らかな栗色をくしゃくしゃにして背を向けた。クレアはわけがわからず首を傾げている。
「ちゃんと乾かさないと傷んじまうぜ〜?」そう言いながらバスタオルを求めてシャワールームに向かったゼロスの頬は、ほんのり赤く染まっていたとか。




(ったくもー、鈍いようで聡いんだから…)
(ゼロス…?)
(後ろ向いてクレアちゃん)
(?)
(髪の毛、乾かしてやっからよ)
(…うんっ!)


2012.09.10. 


thanks:はこ

あとがきとお返事

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