「私、雪は神さまからの贈り物だと思うんです」


そう言ってにこりと微笑んだクレアの顔を、ゼロスは忘れられずにいた。







ここは《王都 メルトキオ》
富裕層が居住している貴族街に、一際目を引く屋敷があった。

――ワイルダー邸。

《神子》が住む屋敷だ。
天使の子として生まれた《神子》は、王家に継ぐ権力と財力を持ち、政治にも大きな影響を与える存在である。


(………)


カーテンの外に広がる世界に、ゼロスは思わず眉を顰めた。
雪が積もっている。
窓から見える景色は白く、ただ白い。

もう少し眠れば太陽の光で雪が溶けるかもしれない。そう思ったゼロスは再びベッドに潜ることを決めた。
明かりを、景色を遮ろうとカーテンに手を伸ばした時、窓の外から黒い影が現れた。
頭や肩に雪を積もらせ、寒さのため鼻を赤く染めているのは屋敷のメイド――クレアだった。

クレアは窓を叩き、ゼロスを見上げてにこりと微笑む。


「外が…綺麗、ですよ…?」


綺麗…なんかじゃないのに。真っ白な雪を見るだけでそれとは対称的な「赤」が蘇る。色鮮やかな「赤」は、白を吸い取って、どんどん広がってゆく。
…気持ち悪い。吐き気を催しそうだ。

カーテンから手を離して俯けば、あの日と同じ「あか」がゼロスの視界に写った。
紅い髪。ああ、血の色のよう。

――コンコン。


「早く早くゼロスさま!こっちです!」

「なっ…」


扉の開く音がしたと思えば、いつの間にかクレアに腕を引かれていた。


「…ちょ、ちょっとちょっとクレアちゃーん!俺さまめちゃくちゃ寒いんですけどー!」

「我慢です!」

「ええっ!?」


寒い。身体が震える。だけど、繋いだ手から伝わるぬくもりは心地好い。
冷え切った心の奥に、柔らかなあたたかさをもたらす。

しかし、ゼロスの表情が明るくなることはなかった。
いっそこの手を振り払い屋敷に戻ってしまおうか。そうだ。それがいい。
クレアには悪いが「寒い」と言って押し切ろう。


「はい!到着です!」


白。

ゼロスの視界に映るのは眩しいぐらいの白一色。
綺麗、だとは思わない。いや、思えない。無邪気に喜んでいたあの頃には戻れないのだから。

黒。


「のわっ!?」

「しー…」

「?」


今度は視界が真っ暗だ。先ほどまでの眩しい白はどこへいったのだろう。
漆黒。けれど、何だか安心する。クレアの手があたたかいからだろうか。
言われた通り耳を澄ませば、微かに聞こえてくる小さな音。

しんしん。
しんしん。

鈍色の空から、純白の結晶が降り注ぐ。


「私、雪は神さまからの贈り物だと思うんです」




(神さま、ねぇ…)
(ゼロスさま?)
(いんや、何でもねぇ)


2012.01.23. 


thanks:ララドール

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