「好き」
だけど、
「好き」じゃ足りない。
‘シット’っていう言葉と意味を教えてもらったあの時みたく、あなたに聞いたら分かるかな?
「あのね、ゼロス」
「ん〜?…って、え?」
「…好き」
ぎゅうっ、と。
クレアがゼロスを抱きしめる。普段と立ち位置が逆であるためか、ゼロスは驚きを隠せない。
けれどクレアはそんな彼の様子に気付くことなく、細い両腕に力を込めた。
「私…ゼロスのことが好き」
「…ああ。知ってるよ」
押しても押しても無意識のうちにひらりとかわす彼女なのに、今日はやけに積極的だ。
もしやこれは何かの合図なのだろうか。例えそうじゃなかったとしても、千載一遇のチャンスを逃す訳にはいかない。
逸る気持ちを無理矢理押さえ込み、ゼロスは体を反転させた。
すると、いつにも増して真剣な栗色と視線がかち合う。
「でも、足りないの」
「…え?」
「『好き』だけど『好き』じゃ足りないの」
「どうしてだろう?」不思議そうな表情を浮かべるクレアに、ゼロスは蒼色を細めてにこりと笑った。
「足りないなら、満たされるまで伝えたらいいんでねーの?」
言葉でも、態度でも、気持ちでも何でもいい。
誰かのことが「好き」ならば、その想いを伝えればいいのだ。
言葉で足りないなら笑いかけてみる。それでも足りなければ触れてみる。
気持ちを伝える方法なんて、この世界にはごまんとあるはずだから。
「満たされるまで、伝える…」
そう呟いて、クレアは笑った。
嬉しそうに。少しだけ照れ臭そうに。
どうすればこの想いをあなたに伝えることが出来るかな。
欲張りだって思われるかもしれないけど、全部、ぜんぶ伝えたい。
あのね、私――。
「…す、」
視界いっぱいに紅色が広がる。
けれどそれは一瞬の出来事で、クレアの栗色がぱちりと瞬けば、優しい笑みを湛えたゼロスがそこにいた。
そっと触れてふわりと笑って
(ずっとずっと伝え続けるよ)
(あなたを想う、この気持ち)
2011.10.22.
thanks:
ことばあそび