「私には…やらなければならないことがある。私の代わり…」
クラトスが小さく鳴いたノイシュへと手を伸ばしたその時、背後で時空が歪んだ。掌にマナが収束されていくのが分かる。
「クラトスさん!危ない!」
クレアの声に反応したクラトスは背後を振り向くと同時に相手を斬りつけた。襲撃者は短い悲鳴を漏らしてその場から掻き消えた。クラトスは剣に着いた血を振り払い、鞘に収めた。
「クレア、か。…助かった。ありがとう」
「そんなことは良いけど、今の人は…?」
「恐らく、例の暗殺者だろう。…深手は追わせたはずだが、逃げられてしまったな」
クレアが首を傾げると、クラトスは彼女の目が泣き腫らした状態になっていることに気が付く。
「…泣いていたのか?」
「…えっ?あ、その…」
「神子のことか」
クラトスには何でもお見通しなんだな、とクレアは内心苦笑を漏らした。
「…お前は、神子の天使化に反対しないのだな」
「…本当は、止めたいし反対したいよ。今からでもコレットを連れ去って、逃げてしまいたいぐらいに。でも、コレットがそれを望んでいないから。…私は逃げない。逃げちゃいけないんだ」
「…フ。そうか」
クラトスはクレアの頭に手を置き、優しく微笑んだ。それだけ言うと彼は踵を返してしまった。
普段の表情からは見て取れないほどあまりに柔らかく綺麗に微笑むものだから、その姿に思わず見とれてしまった。
「わっ、私の一番は天使さまだもん!…あれ?」
ふと足元に目を遣るとシルバーの指輪が落ちていた。拾おうと思いしゃがみ込むと、風に靡く金糸が頬をくすぐった。
「…コレット!」
(おはよう、クレア)
クレアはポケットに指輪をしまいながら立ち上がり、コレットに向き直った。今日、天使化してしまうはずなのに、存在がなくなってしまうというのに、コレットの表情は清々しかった。
(私、一足先に頂上に行って景色を眺めてるね。クレアはみんなを起こしに行ってあげて?)
「…うん。無理はしないでね、コレット」
(ふふっ、ありがとう)
クレアは宿屋へと駆けて行った。その後ろ姿を見送るとコレットは頂上へ続く坂を登り始めた。
(ごめんね、みんな…)
to be continued...
(09.11.21.)
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