遺跡を出ると同時に、コレットの天使疾患が発病した。
近くにいたロイドが身体を支えるが、バランスを崩し二人揃って地面に倒れてしまう。


「いってぇ…コレット、大丈夫か?」

「…う、うん!だいじょぶだよ、全然痛くないから…」


心配そうに顔を覗き込むロイドに、コレットは満面の笑みで答える。
擦り剥いた患部からの出血の酷さにロイドは眉を顰め、それに気付いたクレアが言う。


「きっと、気にならない程度だからってことだよね、コレット?」

「そ、そだよ。ロイド」

「…ファーストエイド」


患部へと手を翳しクレアが治癒術を唱えると、出血は止まり、傷も跡形なく消え去った。
しかし、依然としてコレットの顔色は良くない。


「コレット…乗れよ」


ロイドはしゃがみ、コレットに背を向ける。
コレットは少し困ったような表情でリフィルを振り向くと、彼女は首を縦に振った。


「今夜はこの近くで夜営の準備をしましょうか」






パチパチと音を立てて薪が罅ぜている。
クレアは今夜も星を眺めているであろうコレットの姿を探す。


小高い丘に影があった。
鮮やかな金髪が夜風に靡いている。


「コレッ…」


クレアがコレットの名を呼ぼうとしたその時、マグカップを二つ手にしたロイドの姿が。
クレアは咄嗟に近くの茂みへと身を隠す。


(…はっ!何で私、隠れちゃったんだろう……)


「ホットコーヒー。熱いから気を付けろよ?」


そう言ってロイドは、右手に持っていたマグカップをコレットに手渡す。


「うん、熱々だねぇ〜」


カップの縁を擦って微笑んだコレットとは裏腹に、ロイドの表情が曇る。


「…それ、アイスコーヒーなんだ。ジーニアスに冷やしてもらった」

「…え?」(…え?)


クレアは帰ろうとした足を止めて、耳を澄ます。


「あ、あはは、そうだよね。冷たいもんねぇ」

「嘘。本当はホットなんだ」


コレットは瞠目し、手にしていたカップを落としてしまう。


「…やっぱり。いつからだ!なんにも感じなくなってるじゃねぇか!

「そ、そんなことないよ。えへへ…」

「さっき転んだ時にはもう感覚がなかったんだろ!もう、俺に嘘吐くな!お前、昔から嘘吐く時は愛想笑いするんだ」

(私が訊いた時も、コレットは笑ってたな…)


ロイドは真っ直ぐにコレットを見つめ、言う。


「俺はそんなに頼りにならないのか?」

「…違うよぉ!だって、心配掛けたくなかったから…」

「…何があったんだ?」


コレットはゆるゆると首を横に振る。


「分かんない。分かんないけど…最初におかしくなったのは、火の封印を解放した時だよ。急に何も食べたくなくなったの。食べ物を食べても、味がしなくなった」

「…味が、しない?」


コレットはこくりと頷き、話を続ける。


「無理して食べると戻しちゃうから、あんまり食べないでいたんだけど…でも、いつまで経ってもお腹が空かないの」


ロイドはただ黙ってコレットの話に耳を傾ける。


「次の封印を解放したら、今度は全然眠くならなくなった。目を閉じてもどうしても眠れなくて。…それ以来、ずっと寝てない」


コレットは瞼を閉じる。


「それでこの封印で、とうとう何も感じなくなって……」

(食欲、睡眠、感覚…。どうしてコレットが…《神子》だから、なの?)


クレアは心の中で呟く。
その時、ロイドがコレットを優しく抱き寄せる。


「どうして…どうして言わなかったんだ!」


ロイドの声は震えていた。


「だって、きっとこれが天使になるってことなんでしょ?そしたら、これぐらいで狼狽えてちゃ駄目なんだって…」

「これが天使になる!?食べなくなって、眠らなくなって、何も感じなくなることが!?」


ロイドの言葉に、コレットは悲しげに微笑む。


「でも、目は良くなったの。すっごく遠くまで見られるようになったし。音もね、小さな音までよく聞こえるよ。聞こえ過ぎて…少し辛いけど」

(だからドア総督が地下室にいることも、スピリチュア像の在処も、コレットは分かったんだ…)

「ごめん。…今まで、俺、全然気付かなくて。…ごめん」

「皆には…言わないでね」

「…馬鹿野郎」


ロイドはコレットの華奢な身体を、強く抱き締める。
きつく閉じた瞼から溢れた涙が頬を伝う。


コレットはゆっくりとロイドの背に腕を回し、瞳を閉じた。


「ごめんね、ロイド。折角ロイドが私の為に泣いてくれてるのに、凄く嬉しくて泣きたいぐらいなのに…私、涙も出ない」


消え入りそうな声で、コレットは言った。


「ごめんね…!」


(そんなことって…!)


天使化の本当の意味は、人間性の欠如。そのことは幼少の頃から教わっていたし、コレットからも直接聞いていた。

けれど、今のコレットには涙を流すことさえも許されないだなんて――。














to be continued...

(09.10.13.)


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