雨が降っていた。
強く、絶え間無く降り注ぐその様は「このまま一生やむことがないのでは」そう思ってしまうほど。
雨の音に紛れて微かに悲鳴が聞こえた。クレアの足がぴたりと止まる。しかし雨と共に流れてきた「赤色」を目にした途端、クレアは唇を噛み締めて再び走り出した。立ち止まってはいけないと強く言い聞かせ、ただひたすらに走り続けた。
降りしきる雨で視界がはっきりしない。泥に足をすくわれて何度も転倒した。
転んでは起き上がって、起き上がっては転んで。けれどクレアは走ることを止めなかった。
ごめんなさい。
ごめんなさい。
右手に母親の片見である宝石を握り締め、心の中で懺悔した。
「はぁっ…はぁ…」
頬を伝う雫は涙か汗か、それとも容赦なく降り注ぐ雨なのか。
休みなく走り続けていた彼女の体力はとうに限界を迎えていた。
「…コ、レット…」
そう呟いてクレアは倒れた。
雨は、強さを増して彼女の身体を打ち付ける。「夢…」
否、彼女が見たものは夢ではない。それはクレア自身が一番よくわかっていた。だからこそ夢であってほしいと思うのだ。
朝陽を浴びながら上体を起こしたクレアは、母親の形見であるルビー色の宝石を手のひらに乗せ「これでよかったのかな」そう投げかけてみる。が、宝石から答えが返ってくることはなかった。
「クレア、起きてる?入ってもいいかな?」
コレットだ。
うっすら滲んだ涙を拭い、クレアはなるたけ明るい声で返事をした。
「おはよう、クレア」
にこりと微笑むコレットの手には盆が握られていた。草木をモチーフに彫刻されている盆とお椀はきっと同じひとの作品なのだろう。どことなくコレットを彷彿させる可愛らしいデザインだ。
「食べられそう?」という心配そうなコレットの問いにクレアは首を縦に振った。コレットの行為を無駄にしたくない気持ちももちろんあったが、それ以上に身体が栄養を必要としていた。
こんな事態でも本能に従順な自身を少しだけ嫌に思い、クレアは差し出されたお粥に視線を落とした。
「昨日は…ごめんなさい」
「ううん。クレア、本当に辛そうだったから…。私に出来ることがあったらなんでも言ってね」
「…うん…」
「…あのね」
「?」
「疲れたら、ゆっくり眠っていいんだよ」
「コレット…?」
「辛くなったら誰かに甘えたっていいの。…泣きたい時には、泣いてもいいんだよ」
「…うん。…ありがとう、コレット…」
するとコレットは照れ臭そうに「えへへ」と笑った。その顔が誰かに似ているとクレアは思った。
…誰だろう?知っているはずなんだけど、やっぱり思い出せない。
つられて微笑んだクレアの笑顔は、コレットのそれにそっくりだった。
これは、物語が始まる二年前のお話――。
to be continued...
(09.07.08.)
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