誰も傷付いて欲しくないなんて、そんなのはただの綺麗事。
人は生きている限り誰かを傷付けるし、傷付けられる生き物だから。
この世界は、綺麗なものばかりじゃない。
醜いものや汚いものだって、たくさんたくさん蔓延っている。
「みんなを守って――ホーリーソング!」
だけど私は。
例えそんな世界でも、生きていたいと思う。
『私』として生きて、色んなことを知って、その人生を全うしたい。
コレットは涙声でホーリーソングを唱えた。
ジーニアスは、涙を流しながら詠唱を始める。
(ねえ、ミトス)
長い時間を生きるのは、辛かったよね。
汚いものを、醜いものを見て、苦しんだよね。
疲れたでしょう。
甘えたかったでしょう。
泣きたかったでしょう。
「紅蓮剣!」
「ぐっ…!」
剣先から現れた炎が、ミトスの片腕を包み込む。
彼の背中でより一層羽が強く瞬けば、ゼロスの喉元を光球が掠めた。
後退した彼の後ろから、小さな桃色が飛び出す。
「崩襲地顎陣!」
空中から勢いよく斧を叩きつけ、ひび割れた岩石が衝撃波と共にミトスを襲う。
リーガルが足を一旋させれば、彼の体はやすやすと宙に舞い――その足元に、魔法陣が出現した。
「天光満つるところに我はあり、黄泉の門開くところに汝あり、出でよ、神の雷――インディグネイション!」
ジーニアスはけんだまを振り上げ、声の限りに叫んだ。
頬を伝って落下した透明な雫。それが合図だったかのように、ドーム状の光は爆発を起こす。
(もう、)
負傷してゆく仲間達を、ミトスを見つめ、クレアは駆け出した。
大きな栗色いっぱいに涙を溜め、ただ、ひたすらに。
「見せてやる!」
額から血を流し、ロイドは魔剣・フランヴェルジュと魔剣・ヴォーパルソードを構えた。
悲鳴を上げる体で地面を蹴れば、剣を構えるミトスと対立する形に。
「喰らえ!――天翔蒼破斬!!」
ロイドの双剣が、ミトスの剣を砕いた。
眩い光に覆われたそこから現れたのは、膝をつくロイドの姿と、力無く倒れたミトスの姿。
ミトスの体を、クレアは優しく抱きしめた。
瞠目するミントグリーンを見つめ、クレアはにこりと微笑む。
「大好きだよ」
「…!」
「私、ミトスが大好き」
嘘じゃない。
私は、ミトスが好き。
優しいミトスが大好きなんだ。
もしも違う人生を歩んでいたら、違うタイミングで出会っていたら、こんな悲しい結末は迎えなかったかもしれない。
「クレア、ボクは…」
「もう、我慢しなくていいんだよ」
クレアがそう言えば、ミトスの中で何かが音を立てて崩れ始めた。
ぽろぽろと涙を零す彼の体を、クレアはぎゅっと抱きしめる。
彼はもうすぐ逝ってしまう。
だから、どうしても自分の想いを伝えたかった。
「甘えたい時には甘えたっていいの」
「クレア…」
「泣きたい時には、泣いてもいいんだよ」
私は一緒に行けないけれど、どこかでまた出会う機会があったなら。
また、友達になろうね。
「…っ、ありがとう…」
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