「な、何?」
コレットの胸元から放たれた光が、壊れた人形のように同じ言葉を繰り返すユグドラシルの胸元へ吸い込まれた。
長い睫毛の奥から現れたのは、意志を宿したミントグリーン。
「わざわざ運んでくれてありがとう。ようやく融合出来たよ。ご苦労だったね」
「ミトス…。マーテルは、もう亡くなったんだよ…」
「嘘をつくな!姉さまは生きている。ボクがこうして、《クルシスの輝石》に宿っているように」
胸元で輝く輝石を一撫でし、ユグドラシルは一行を見据えた。
その石に宿るのは、今はもうなき誰かの‘命’
「それは生きているんじゃない。無機生命体に体を奪われてるだけだ」
「それの何がいけないんだ。どうせこの体に流れているのは、ボク達を差別する人間とエルフの血だ。そんな汚らわしいものは捨てて、無機生命体になった方がマシだよ」
「本気で…言ってるのか?」
それは、あなたが『ミトス』でいられなくなる。そういうことなんだよ。
あなたが無機生命体になってしまったら、悲しむ人がたくさんいるはず。
コレットが心を失った、あの時のように。
マーテルさまもジーニアスもロイドもコレットも、私も…!
「そうだ。見ろ!無機生命体になれば、姿形や成長の促進も思うがままだ」
眩い光が彼を包むと、ユグドラシルは少年の姿になっていた。
柔らかな双眸が、クレア達一行を捉える。
「みんなが無機生命体になればいい。前にも言っただろう?差別をなくすには、全ての命が同じ種族になるしかないのさ」
みんなが同じなら、それはしあわせ?
私は、ロイドがロイドだから好き。コレットがコレットだから好き。
ゼロスがゼロスだから、ゼロスのことが好き。
ミトスが『ミトス』だから、私はミトスが好きなんだよ。
「お前は根本的に間違ってるぜ、ミトス。差別ってのは…心から生まれるんだ」
相手を見下す心。
自分を過信する心。
そういう心の弱さが、差別を作るのだ。
「お前だってそうだろ。人やエルフを見下して家畜扱いしてサ。それは心の弱さだ」
「このままでは、無機生命体になっても変わらんな。差別はいくらでも生まれる」
「…じゃあハーフエルフはどこに行けばいい?」
どこに行ったって疎まれて、嫌われて、傷付けられる。
心を開いても、受け入れてもらえなかったボク達は、どこで暮らせばよかったんだ?
これ以上『痛い』思いをするのは、もう嫌だ。
「どこでもいいさ」
「……ふざけるな!」
ロイドの言葉に、ミトスは眦を釣り上げた。
どこでもいいなんて、そんな訳があるはずない。
現にどこを転々としても、ボク達ハーフエルフは誰にも受け入れてもらえなかった…!
「ふざけてなんかいない。どこだっていい。自分が悪くないのなら、堂々としてればいい」
「…それが…出来なかったから。ボクは…ボクらは、ボクらの居場所が欲しかった!」
どうして君は、そんなに強くいられるの?
何度も何度も裏切られて、この世界の醜い部分を、汚い部分を目の当たりにしたでしょう。
なのに、どうして?
「おっと。被害者面はよくないぜ。…そのお題目でお前がやったことは…到底相殺しきれない」
「あなたのしたことで…数えきれない人々が、無意味な死に苦しめられた。その人達の痛みを…あなたは…感じていますか?」
人間だって、エルフだって、ハーフエルフだってそうだ。
ミトスの理想の為に、犠牲になった‘命’は数えきれない。
だがそれはクレア達一行も同じで、彼女達もたくさんの‘命’を犠牲にしてきた。
痛みと、意志を背負いながら。
「人は変わるものよ。例え今日が変わらなくても、一ヶ月後、一年後と、時間が経つうちに、必ず変化が訪れる」
「全ては許されないかもしれません。でも、償うことは出来ます。あなたの中にも、神さまはいるでしょう?良心っていう神さまが…」
「許しを請うと…思っているのか?」
馬鹿馬鹿しい。
神さまなんていないよ。
だからボクは…ボクの理想を追求し続ける。
「ボクの居場所が大地になく、無機生命体の千年王国すらも否定するのなら、デリス・カーラーンに新しい世界を作るだけだ。姉さまと、二人の世界を!」
ミトスの背に、七色に輝く羽が現れた。
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