「っ…!」
ロイドの拳がクラトスの頬に命中する。
炸裂した渾身の一撃は、深く、重かった。
崩した体勢を立て直そうとすれば、クラトスの背中に鈍い痛みが走る。
今度はロイドがそれを見逃さず、彼の喉元に剣を突き付けた。
乱れた呼吸を落ち着かせ、ロイドは言う。
「…決着はつけたぞ」
しかし彼が剣を振るう様子はなく、ただ真っ直ぐクラトスを見据えた。
片膝を地面につけロイドを見上げる彼の背中には、じんわりと血液が滲んでいる。
あの時の傷口が、開いてしまったのだろう。
「…強くなったな」
「…あんたのお陰だ」
「とどめを…刺さないのか?」
剣を鞘に納めクラトスを見据える鳶色は、優しく、揺るぎなかった。
「俺は、俺達を裏切った天使クラトスを倒した。そして、俺達を助けてくれた古代大戦の勇者クラトスを許す。…それだけだ」
「…ようやく死に場所を得たと思ったのだが…やはりお前は、とことんまで甘いのだな」
体を起こし、マントを翻したクラトスが向かった先は一つの石碑。
恐らく、オリジンの眠っている封印なのだろう。
「ま、待て!まさか、封印を解放する気か!?」
「…それが望みだろう」
「それじゃあ、あんたが…!」
どこからともなく天使の羽根が舞い降りた。
ふわりふわりと舞い散るそれは、クレアの手の平に収まって消える。
クラトスの背に蒼色の羽が出現すると、石碑に触れた右手から大量のマナが注がれていった。
力無く倒れたクラトスの体を支えたのは、クレア達一行ではなく――美しい蒼色。
「クラトス!!」
ロイドが二人に駆け寄ると、ユアンの手の平から眩い光がクラトスの体に注がれてゆく。
彼の羽の色と同じあたたかいそれがユアンのマナだと、クレアはいち早く気付いた。
「…私のマナを分け与えた。大丈夫。クラトスは…生きている」
「父さ…」
そこまで言って、ロイドは言葉を飲み込んだ。
「…クラトス。本当に大丈夫か?」
「…また、死に損なったな」
ロイドの呼び掛けに、クラトスはうっすら瞼を開ける。
少々気怠げではあるが、その表情に苦しさは見えなかった。
「馬鹿野郎!死ぬなんていつでも出来る。でも、死んじまったらそれで終わりだ!」
「生きて地獄の責め苦でも味わえと?」
「誰がそんなこと言ったかよ!死んだら何が出来る?何も出来ないだろ!死ぬことには何の意味もないんだぜ!」
「…そうだな。そんな当たり前のことを、息子に…教えられるとはな…」
そう言ってクラトスは、安らかに瞳を閉じた。
堪らず彼の元へ駆け寄ったロイドを制止し、ユアンは言う。
「クラトスなら大丈夫だ。お前はオリジンと契約しろ」
クラトスの肩を担ぎ、ユアンがやってきたのはクレアの目前。
ぱちぱちと瞬く大きな栗色に、彼は無言で用件を伝える。
「治療しろ」と、どうやらそういうことらしい。
リフィルの顔を窺えば、彼女は静かに頷いた。
「ファーストエイド」
クレアが呪文を唱えると、あたたかな光がクラトスを包む。
彼が目を覚ますことはなかったが、痛々しい傷口は跡形なく塞がった。
ロイドよりも少し赤みの強い鳶色に触れ、クレアはふわりと微笑んだ。
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