その怪物は以前、イセリアで見たことがある。
人の形をしていない、曾て人であったもの。
皮膚は緑色に爛れ、腕が恐ろしく長く、その先には鋭い鉤爪。
額には要の紋なしのエクスフィアが装着されていた。
「あ、うあ…」
クレアが声にならない悲鳴をあげると、皆が振り向く。
瞳は揺れ、記憶がフラッシュバックする。
「…いやあぁああっ!」
絶叫した後、その場に力なく倒れてしまう。
クラトスがその身体を支えてやると、意識を失っていることを確認する。
「…妻と、ショコ、ラを助け、てやっては、くれな、いか…?」
壁に凭れて出血の激しい腹部を押さえながら、切れ切れにドアは言った。
「…ああ、分かった」
ロイドが答えると、ドアは小さなカードのようなものを差し出す。
「認識番、号は…3、341…だ」
そう言ってロイドに受け渡すと、手の力ががくりと抜け、瞼が閉じる。
「先生!」
リフィルは首を横に振る。
彼女はキリアとの戦闘中、休むことなく治癒術を施していたが、ドアの受けた傷は既に致命傷であった。
「…そろそろ行こうか」
クラトスがクレアを抱き抱えて階段へ向かうと、ロイドが叫ぶ。
「そんな言い方は…!」
「落ち着けロイド。我々が成すべきことは?」
「…っ!あんたの言う通りだ…すまない」
仲間達は階段を上り、地下室にはリフィルの手により外傷が全くなく、安らかに、眠っているようにさえ見えるドアの姿だけが残された。
「…私の癒しの術は、人一人救えないの…?」
リフィルは独り言ちた。
* * *一行はクレアを休ませるため、近くの宿屋へと足を運んだ。
「ん…」
「クレア、だいじょぶ?」
「わた、し…」
次の瞬間、クレアは小刻みに震え出す。
その身体をコレットが優しく抱き締める。
「…さっき会ったのは、ドア総督の奥様だって」
「ドア…総督の?」
「うん。私達に危害を加えずに、凄い勢いで地下室から出て行っちゃったんだ」
小さな子供を宥める母親のように、コレットはゆっくりと言葉を紡ぐ。
「じゃあ…生きてるの…?」
「うん、怪我もしてないよ。だから、私達で薬を取って来てあげよう?」
それを聞くとクレアの頬に一筋の涙が下る。
コレットの胸を借りて泣きじゃくりながら、うん、と、小さく、けれどもしっかりと頷いた。
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