「ユグ、ドラシルさま…苦しい…お助け、下さい…」
しかしユグドラシルにはプロネーマの声が届いていないのか、若草色の蕾を見守るだけだった。
その中心で眠る女性の体がうっすらと透け始めると、彼らは歓喜の声を上げる。
「成功だ!姉さまが目覚める!」
「ユグドラシルさま…ミトス、さま…どうか…」
貫かれた胸を押さえながら、プロネーマはユグドラシルの足にすがった。
体を引きずり、血を流し、忠誠を誓った主に救いを求める。
ようやくプロネーマの存在に気付いたのか、ユグドラシルは彼女を見遣った。
「私をその名前で呼んでいいのは、私のかつての同志だけだ…。消えろ」
口を開く暇も与えず、ユグドラシルの左手はプロネーマの胸を貫いた。
何の感情も秘めていないミントグリーンが、プロネーマを捉える。
絶命した彼女は、黒い光となって掻き消えた。
「ひ…ひどい…」
プレセアの口から小さく漏れた。
プロネーマはユグドラシルにとっても、忠実で有能な部下であったはずなのに。
彼はプロネーマの‘命’を躊躇なく握り潰した。
付着した血液を拭う様子もなく、ユグドラシルはただ一心にコレットの眠る機械を見つめる。
と、扉が開き、眠っていたコレットが目を覚ました。
彼女は何も言わず、ユグドラシルの前まで歩み寄る。
「姉さま…!やっと、目覚めてくれましたね」
「嘘だろ…コレット…嘘だろ!」
コレットなのか。
マーテルなのか。
クレア達一行が固唾を呑んで見守る中、コレットは悲しげに首を振った。
すべてを否定するかのように。
「ミトス…。あなたは、何ということを…」
「ああ、この体のことですか?クルシスの指導者として相応しく見えるよう成長速度を速めたんです。待って下さい。今、昔の姿に戻りますから」
眩い光がユグドラシルを包むと、クレア達一行の目前にミトスがいた。
少年の頃の姿であり、世界を救った英雄の姿。
そして、クレア達の友達である『ミトス』
コレットの体に宿るマーテルは、ゆるゆると首を振った。
「そうではないのよ。私はずっと、あなたを見てきました。動かぬ体でただ成す術なく、あなたがしてきた愚かな行為を」
忘れてしまったの?
私達が古の大戦を食い止めたのは、人と、エルフと、狭間の者とが皆、同じように暮らせる世界を夢見たからでしょう?
「何を言っているの、姉さま?せっかく新しい体を用意したのに。やっぱりそれでは気に入らなかったんだね」
「ミトス。お願いです。私の言葉を聞いて。あなたのしてきたことは間違っている。少なくとも、私達が目指してきたものとは違います」
「…間違ってるって?姉さまがボクを否定するの?」
何度も何度も失敗して、何度も何度も挫折した。
だけどもう一度、姉さまに会いたかったから。
声が聞きたかったから。
笑って欲しかったから。
抱きしめて欲しかったから。
なのに、どうして?
「思い出して欲しいの。こんなことはやめて、もう一度昔のあなたに…」
「姉さままで、ボクを…否定するの?」
「違う」「間違ってる」
どうしてみんなそうやってボクを否定するの…。
人間じゃないから?
エルフじゃないから?
ハーフエルフだから?
ミトスは、壊れた人形のように笑い出した。
「そんなこと許さないからな!!」
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