奥へ奥へと進むほど、塔の内部が大樹に侵食されていることが判明した。
襲い掛かってくる様子も動き出す気配もないものの、このような光景は何とも不気味だ。

先を急ぐ一行が一際細い通路に差し掛かった、その時。


「うわっ!」


樹木の根が、先頭を行くロイドの目前に突き刺さった。
どうやら今回立ち塞がるそれは先ほどまでのものとは違い、生きているようだ。
その証拠に、一行が少しでも通路に足を踏み出せば、容赦なく攻撃してくる。


「こいつっ、邪魔だ!」

「待ちな!こいつは…あの時の生き残りみたいだね」


力ずくで突破しようと双剣に手を伸ばしたロイドを宥め、しいなが言う。
彼女が言う『あの時』とは、大樹が暴走したあの時で間違いないだろう。

それ以外に、あんな禍々しい植物は目にしたことがない。


「ここはあたしの出番ってことサ。あんた達は下がってな」


そう言うとしいなは、契約の証である指輪を取り出した。
一枚の呪符を手に、瞼を閉じて強く願う。


「蒼ざめし永久氷結の使徒よ」


氷の精霊セルシウスが、


「威き神が振るう紫電の鎚よ」


雷の精霊ヴォルトが、


「気高き母なる大地のしもべよ」


地の精霊ノームが、


「大いなる暗黒の淵よりいでし者よ」


闇の精霊シャドウが、


「契約者の名において命ず。我が前に連なり、陰の力と化せ!」


姿を現した精霊達が、濃密で純粋なマナを主であるしいなに注いでゆく。
充填が完了すると、精霊達の姿は掻き消えた。


「おい、どうするつもりなんだ!?」

「魔導砲のまねごとサ。ま、威力はかなり落ちるけど、こいつには十分だよ。みんな、あたしが合図したら、こいつの下を走り抜けるんだ。いいね?」

「でも、お前は大丈夫なのか?」

「心配いらないって。じゃあいくよ!」


しいなが胸の前に手を構えると、濃密なマナが収束してゆく。
深く呼吸をして心を落ち着かせ、凜とした瞳が前を見据える。


「今だ!」


ロイド達がしいなの横を走り抜けると、彼女は更に気を集中させる。
両手から発せられるそれの勢いが強まり、しいなはロイド達と反対側の壁に吹き飛ばされた。

彼女が身体を打ち付けたと同時に大樹の生き残りは支えがなくなり、大きな音を立てて崩落する。


「しいな!大丈夫か!?」


通路があったそこに大樹が落下してきた為、ロイド達としいなの間には大きな溝が出来上がっていた。
けれどしいななら、これぐらいの溝を飛び越えるなど訳はない。

土埃を払いながら、彼女は姿を現した。


「…ああ、何とかね」

「スゲーな、今の!」

「言っとくけど、あれをもう一回やれってのはなしだよ。お陰でマナがからっぽサ。ちょっと休ませてもらっ…きゃあ!」

「しいな!」


落下したはずの大樹の根が、動けないしいなへと襲い掛かった。
ロイドが真っ先に溝の前まで走るが、彼女は俯いたまま肩を揺らす。

しいなは、笑っていた。


「な、何だよ。笑い事じゃないだろ!」

「いや、思い出したんだよ。あんたと初めて会った時のこと。あたしって、よっぽど落とし穴に縁があるのかねぇ」


思い出が、走馬灯のように駆け巡る。


「いいからじっとしてろ。今そっちに行くから」

「余計なお世話だよ。あんたは早く、コレット達を助けに行きな」

「馬鹿野郎!強がってる場合か?」

「強がりじゃないサ。あの時だってそうだったろ?あたしは地の底からはい上がって、あんたと戦った。今度だって…メインイベントまでには必ず間に合ってみせるよ」


ぎりぎりと、しいなの腕に絡み付いて奈落の底へと引きずり込もうとする大樹の根。
マナがからっぽだと言った彼女には、戦う余力も逃げる余力も残っていないはずだ。

けれどロイドは、ゆっくりと頷いた。


「…本当だな」

「絶対サ。あたしの見せ場、残しといてくれよ?」

「…分かった。待ってるからな」


ロイド達は、転送装置に向かって走り出した。
その姿を見送って、しいなは呟く。


「…あたしって、バカだねぇ。最後まで意地っ張りで…。こんな時くらい女の子らしく甘えて、助けてもらえばいいのに。…って、そんな柄じゃないよね」


腕を引く根の力が、段々と強まる。
もう、限界だ。


『ロイド…しっかりやりなよ…』


瞳を閉じたしいなは、暗闇へと落ちていった。


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