「《マナの神子》なんて…まっぴらだったんだ。ホントによ。もういつだって、逃げ出したくて仕方なかった…。……悪いな、クレアちゃん。返事に困る告白だったろ?」
嗚咽が邪魔をして、思うように声が出ない。
溢れ出す涙で、景色が霞む。
けれどクレアは、首を振った。
「私、は…」
「ん?」
「…逃げたい時には、逃げたらいいと思う」
「え…」
まさか。
彼女の口から「逃げたらいい」なんて言われるとは思ってもみなかった。
強くて真っ直ぐで、眩しいぐらいの彼女なのに。
「逃げることは格好悪いことじゃないって、私は思うから。…でも、でもね?少しでも振り返る勇気を持ったなら…もう一度、立ち向かってみて」
…ああ。
「ゼロス一人じゃ大変でも、私が手伝うから!」
どうして、
「私一人じゃ頼りないかもしれないけど…ロイドがいる。コレットがいる。ジーニアスもリフィル先生もいる。しいなにプレセアにリーガルさんに…みんな、ゼロスのことを助けてくれるから!」
どうしてこの少女は、いつだって自分の心に気付いてくれるのだろう。
分からないようにと、気付かれないようにと、仮面を被ったはずなのに。
「ゼロスは、独りなんかじゃないよ」
クレアは、笑った。
涙でぐしゃぐしゃでお世辞にも綺麗だとは形容し難いけれど、心に響く、あたたかい笑顔。
自分なんか生まれなければよかったと、何度思ったことだろう。
‘生きる’ことなんて、何の楽しみもなかった。
だけど今は、たくさんの仲間に出会えたから。
赤い少年に、勇気をもらったから。
栗色の少女に、生きることを…愛することを教えてもらったから。
「今、ゼロスはここにいるよ。…私と、みんなと一緒に‘生きている’」
ゼロスは、クレアの身体を抱き寄せた。
ゆっくりと。けれども、確かに聞こえる鼓動。
――生きている、証。
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