何度も何度も転びそうになりながら、二人は高台へと到着する。
部屋から見る景色も美しかったが、ここから眺める雪景色は格別だ。

「危なっかしいから」という理由で繋がれていた手は、静かに離れた。


「…その日、メルトキオは記録的な大雪でな。この街と同じ眺めになっちまってた」

「ゼロス…?」

「まあ、ちょっとした昔話よ。急に話したくなったんだ」

「…うん。分かった」


雪を見つめるゼロスの視線は憂いを帯びていて、どこか悲しげだった。
いつか夢に見た少年の姿はゼロスに間違いない。

手の平で溶けてゆく雪の結晶を眺め、クレアは静かに頷いた。


「俺は初めて見る雪に大興奮して、お袋と一緒に庭で雪だるまを作ってた…」


漆黒の夜空を見上げながら、ゼロスは少しずつ語り出す。
白銀の世界に映える紅。

美しくて神秘的で。
消えてしまいそう。


「…したら、いきなり雪だるまが崩れてよ。何が何だか分からないうちに、今度は赤い雪が降ってきた」

「…赤い、雪…?」


ゼロスは見上げることをやめ、クレアを向く。
綺麗な蒼色の瞳が、栗色の双眸を捉えた。

僅かに揺れる、彼女のそれ。


「お袋の血だよ。…殺されたんだ」

「!?」

「んで、お袋がさ、倒れ込んできて…俺の肩を掴むんだ」




お前なんか、生まなければよかった。




「…!」


クレアは、言葉を紡ぐことが出来なかった。
声を失ってしまったかのように、言葉が喉につかえて出てこないのだ。

愛しいこの少女に、悲しい顔はさせたくない。
けれどこの機会を逃せば次はないだろう。
ゼロスは、息を吸った。


「お袋には好きな相手がいたんだろうな。でも、クルシスからの神託で、当時の《神子》…俺の親父と、結婚しなくちゃならなくなって。しかも、親父には別の女がいたしな」


コレットは、世界の期待を背負ってイセリアを旅立った。
小さな頃から《神子》として尊敬の眼差しを浴び、期待を向けられる。

「世界を救うことが出来るのは《神子》だけだ」

いつしか世界は、コレットを《コレット》としてではなく《神子》として見るようになっていた。
コレットはたった一人で、自分の気持ちを押し殺して、世界を救おうと。

《神子》だって、一人の人間であるはずなのに。


「…お袋を殺した魔法は、俺を狙ってたんだ」

「え…?」


ようやく音を発することが出来たのに、次の言葉が見つからない。
これ以上ゼロスの悲しそうな顔なんて、苦しそうな表情なんて、見たくないのに。

気づけばクレアは、その大きな栗色いっぱいに涙を溜めていた。


「俺は次代の《神子》として…命を狙われた。お袋は…巻き込まれて死んだんだ」


何度も何度も涙を拭い、ただただ耳を傾けた。
相変わらず言葉を発することは出来なかったけれど、ゼロスのすべてを知りたかったから。

嬉しいこと。
怒ったこと。
哀しいこと。
楽しいこと。


「俺を殺そうとしたのは、セレスの母親でな。母親は処刑されて、セレスは修道院に軟禁された」


それでもセレスさんは、ゼロスのことを大切に思っている。
憎んでなんか、いない。

だってあの時嬉しそうに笑ったセレスさんの表情は、紛れもなく『本物』だったから。


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