いつだって前を向いていられる人はそうそういない。
時には寄り道や回り道をしたくなる。後ろだって向きたくなる。
何もかもが嫌になって、逃げたくなる時もあるはずだ。
人の‘心’は弱いから。
第51話 蛍火夜になった。
しかし、しいな達が帰ってくる気配はない。
治療が難航しているのだろうか。
ここからでは手伝うことも安否を確認することも出来ない。
クレアはひたすらに祈りを捧げたが、祈ることしか出来ない自分が悔しかった。
どうか無事でいて欲しい。
ただ、それだけを願う。
「クレアちゃ〜ん」
ゼロスの声に、クレアは顔を上げた。
鍵を外してドアノブを回せば、鮮やかな紅色が視界に映る。
外出、していたのだろうか。
クレアの髪と同じ色の上着を羽織ったゼロスの頭には、ところどころ小さな雪が積もっていた。
「どしたの?」
「…外、行かねぇか?」
「…うん」
理由は分からない。
だけど、何だか寂しそうに見えたから。
どこか遠くに行ってしまうような気がしたから。
儚くて、消えてしまいそうだと思ったから。
(きれい…)
ほのかな灯りに照らされて、純白の結晶が美しく色づく。
夕飯時だからか、近隣の住宅からはおいしそうな匂いが漂ってきた。
子供達のはしゃぎ声も聞こえる。
あたたかくて、しあわせな家庭。
クレアは前を行くゼロスの後ろ姿を眺めながら、小さな声で呟く。
「 」
にこり、とクレアは微笑んだ。
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