ずっと追ってきた、あなたの背中。
小さな頃から夢だった。
その腕に抱かれること。
きっと、あたたかくて優しいんだろうなあって。
それでいて、強さと逞しさも兼ね備えているんだろうと。
クレアは今、ゼロスの腕の中にいた。
「ゼロ、ス…?」
名前を呼んでも、彼からの返事はない。代わりに一層力を込めて抱きしめられるだけ。
それでも、クレアは嬉しかった。
たくさんの綺麗な言葉を並べられるよりずっと、ゼロスを近くに感じることが出来たから。
第46話 兄妹「…間違いないわ。この先に、ヘイムダールがある。まだ覚えていたみたいね」
「…この先が、ボクの生まれた場所…」
ユミルの森の奥深く、鬱蒼と生い茂る木々達の中に小さな村があった。
ここが、セイジ姉弟の生まれた場所。
二人の横顔には、緊張の色が滲んでいた。
「ここはエルフの里。ハーフエルフがここを通ることはまかりならん」
「そんな!」
「これはかつてハーフエルフに村を荒らされた我々の自衛手段だ。それが嫌なら、人間の進入も許可出来ん」
「…私達はここで待ちます。後は頼むわね、みんな」
生まれた場所だというのに。故郷だというのに、村に入ることすら許されないなんて。
貧富の差や種族の溝、権力を欲する者や、憎しみを糧に生きる者。
世界は、綺麗なものばかりじゃない。
小さくなっていく姉弟の後ろ姿に、クレアは自分の力だけではどうにもならないことを歯痒く思った。
「一言いっておく。この村では、英雄と祭り上げられているあのミトスの話は禁忌だ。決してあれの話はするなよ」
何か深い事情でもあるのだろうか。
一行が顔を見合わせるも、門番達に答える気はないらしい。
念を押すと、それきり口を閉ざしてしまった。
彼らの案内で、クレア達はエルフの族長の家へと向かう。
「…マナリーフと言ったか?あれは、我々エルフが魔術の為に利用している大切な植物。滅多なことで生息地を教える訳にはいかん」
「…何とかならないのだろうか。その植物がないと、命を落とす仲間がいる」
「病気の仲間がいるんだ。ええっと、天使こうか…」
「永続天使性無機結晶症」
その病名を聞いた瞬間、族長の顔色が変わった。
驚いているような、けれどどこか辻褄があったと納得するような表情。
「…それはマーテルの…だからクラトスが…」
「何だって?今、マーテルって言ったのかい?」
「それにクラトスがどうしたんだ!クラトスは、何をしにきていたんだ」
クレア達一行はヘイムダールに入場する直前、クラトスと接触していた。
彼は、一行がここまでたどり着くことを予測していたらしい。
刀を交えることはなく「時間がない」とだけ告げて、クラトスは一行の前から姿を消した。
「クラトスのことはいい。マナリーフの生息地は、ここから南東にあるラーセオン渓谷だ。霧深い山の奥地に住む番人に、この杖を見せなさい」
「族長!」
「…人間。これ以上お前達話すことはない」
やはり、一族をまとめる長なのだ。
言葉だけで、クレア達一行は気圧された。
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