「ジルコンの最後の出荷は…な、何だ…?」
ロイドの手元から、読み上げていたはずの資料が消えた。
慌てふためく一行の背後に、紅蓮色の残像が僅かに見える。
それにいち早く気づいたのは、しいなだった。
「くちなわ!」
しいなの呼び掛けに、くちなわは一行を向いた。
教皇は消えた。ヴァーリも死んだ。今、彼を操る者は誰一人いないはず。
それなのにくちなわは、クレア達一行を付け狙う。
「…やっぱりあたしのことを恨んでるのかい?」
「当たり前だ!お前の為に俺の両親も里の仲間も死んだ。頭領は眠りについたまま十年以上目を覚まさない!」
「ご…めん」
「謝って済むものか!俺は…お前を許さない!」
誰かを守る為に己を鍛える。愛する者の為に強くなる。それらはとても美しく、素晴らしいこと。
だが、人の心を一番強く動かすものは『怨恨』であると思うのだ。
現にくちなわは、しいなを恨んでここまでやって来た。
「くちなわ!あたしが憎いなら…」
「しいな!」
「違うよ。里の掟に従って、評決の島であたしと一騎打ちをしよう」
「…お前が一人で俺に勝てるとでも思っているのか」
「どうするんだい。受けるのかい?」
以前のしいななら、くちなわの挑発にうろたえていたかもしれない。
「自分は弱い」と、いつも言い聞かせていたようなものだから。
けれどしいなは、弱くはなかった。否、強くなったのだ。
クレア達一行と、コリンのおかげで…。
「…よかろう。評決の島で待っているぞ。決闘の約束の証として、これを預かっておく」
「待っとくれ!それがないと大切な仲間が死ぬかもしれないんだ。証ならこれを渡すから。その資料は返しとくれ」
そう言ってしいなが差し出したのは、小さな鈴。
美しい音色を奏でるそれは、親友の面影を宿した唯一の形見。
――コリンの鈴。
「…いいだろう。もしもお前が来なければ、この鈴は握り潰してやるからな」
憎しみをあらわに、一行に聞こえるよう声を帆に上げたくちなわ。
資料と鈴を交換し、彼の姿は煙幕に包まれて見えなくなった。
「しいな…。大事なものだったのに…ごめんね」
「いいんだよ。あたしがあいつに…勝てばいいんだ。もう…逃げないよ」
何度も何度も逃げてきた。逃げることで自分を守っていた。そうすれば、誰かが傷つく姿を見なくて済むから。
だけど、少しの勇気を持ったから。
大切な友達に、教えられたから。
だからもう、逃げることはやめにする。
「評決の島はミズホの里から行ける。後で寄ってもらえるかい?ああ、でも勿論ジルコンが先だよ。コレットの身体の方が大事なんだからね」
「…分かった」
「ジルコンの最後の出荷は…サイバックの王立研究院宛てになってるね」
「そうか。…よし、行こう」
ロイドの一声で、クレア達一行は再びサイバックを目指す。
皆が歩み始めたその時、ゼロスが小さく呟いた。
その表情は、苦痛に歪んでいるようにも見える。
「…もう…逃げない、か…。どうする…俺は…」
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