広い屋敷内にある一際大きな部屋の中心に巨大なベッドが設置され、その他にも、きらびやかな家具達が立ち並ぶ。
国王の部屋には相応しいが、寝室としては些か大きすぎるかもしれない。
「ま、待ちなさい!スピリチュアの再来か何か知りませんが、お父さまは病なのです。反逆者であるお前達を通す訳には」
「姫」
「…いくらゼロスの頼みといえども、私はここを退きません」
「…ヒルダさま」
お願いだから、そんな顔をしないで。
お願いだから、その声で呼ばないで。
お願いだから、私に触れないで――。
我慢してきたものすべてが、堰を切って溢れ出してしまいそうだから…。
「…お父さまはただ、テセアラを護ろうと…」
規律を破ったクレア達一行を、ゼロスを、指名手配することになってしまった。
国の為だと言われてしまえば個人の意見など、慕情など、そんなものは後回しだ。
けれど、ゼロスにだけは勘違いされたくない。
ゼロスを見つめるヒルダの視線は、神子としての彼を見ているのではない。異性として、ゼロスを見つめている。
クレアは、真っ赤な絨毯に視線を落とした。
「…分かっていますよ。陛下は教皇に毒を盛られていた。ご存じですか?」
「まさか…」
「本当よ。教皇はそれを追求されて逃げ出した。…それよりも、急いで解毒しなくては。事実を知ってなお、あなたがそこを退かないと言い張るならば…」
「…分かりました」
解毒剤が入った小瓶を、ヒルダに手渡す。
恐らく一行が差し出したところで、国王はそれを口にしないだろう。
透明な液体すべてを飲み干すと、彼はゆっくり上体を起こした。
「…むぅ…これは…」
「意識が戻ったみたいだな。陛下、俺が分かりますか?」
心配そうに覗き込むヒルダの隣で、ゼロスがにこりと微笑む。
すると国王は、まだ少し青白い顔でゼロスを睨んだ。
「裏切り者…ゼロス。私を殺しにきたか…」
「それは違います!ゼロスはあなたを助け…」
「裏切り者、ね。こいつは俺さまにお似合いだ」
クレアの言葉を遮るように、ゼロスは声を落とした。
声を落としたはずなのに、ゼロスの雰囲気に気圧されたのだ。
「まあ、とにかく俺達は教皇に陥れられただけだ。テセアラに仇成すつもりはない」
「たとえ王室がそれを疑ったところで、教会と兵と民は、神子ゼロスの味方をするでしょうね。こちらにはスピリチュアの再来もいることだし」
「…何が望みだ」
長い間病に臥していたとはいえ、一国を納める主なのだ。
鋭い勘と洞察力は鈍っていない。
「王室で保管しているという、勇者ミトスとカーラーン大戦の資料を見たい」
「資料は2階の書庫に保管してある。好きにするがいい…。しかし、もう二度とわしの前に姿を見せるな。わしは…疲れた。教会との権利争いは、もう御免だ」
「勝手なことを!」
「いいんだよ、ちび。じゃあ陛下、勝手に拝見させてもらいますよ」
助けてもらったのにお礼もなくて。
勘違いだと分かったのに謝罪もなくて。
お礼の言葉が、謝罪の言葉が欲しい訳じゃない。
だけど…なんだか納得がいかない。
そう思うのは、私が子供だからなのかな…?
to be continued...
(11.03.02.)
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