翌朝コレットの体調は嘘のように回復していた。

一行は次の目的地であるパルマコスタを目指す。
漸く砂漠と別れを告げ、オサ山道へと足を踏み入れたその時。


「待て!」


頭上から声が聞こえた。
見ると太い幹の上に一人の女が立っている。
女は見慣れない衣装を身に纏い、豊満な胸を誇示するかのように胸元が大きくはだけている。


「…この中に、マナの神子はいるか?」

「皆、気を付け…」

「あ、それ私です」


すかさずリフィルが注意を促すが、時既に遅し。
挙手までし、コレットは自らがマナの神子であると名乗ってしまった。


「…覚悟!」


案の定、女は幹から飛び降り、一気にコレットへと肉薄する。


「えっ、わ…きゃあ!」


コレットが何かに躓き、その場に尻餅をつくと女の足元にある地面がぱっくりと開いた。


『…あ』


皆の声が綺麗に重なる。


「きゃああぁあー!!」


女は見る見る暗い闇へと吸い込まれ、姿が見えなくなる。
ドシンという鈍い音が響いた。


「ど、どうしよう!やっちゃった…」


するとジーニアスが落とし穴へと歩み寄り、覗き込む。


「…仮にあの人の体重が45kgとして、この穴が10mだとすると、重力加速度を9.8として計算しても死ぬような衝撃じゃないよ」

「ほ、本当?」

「ジーニアスが言うんだから、きっとだいじょぶだよ!」


クレアも落とし穴を覗き込む二人へと近付き、声を上げる。
その後ろではロイドの頭上にクエスチョンマークが浮かんでいた。


「…まぁ、取り敢えず生きてるんだな!」

「多分ね」


* * *



下り道に差し掛かり、小さな村が見えて来たという所で後ろから呼び止められる。


「ま…待てぇ!」


姿を現したのは紛れもなく、先程落とし穴へと落下した暗殺者であった。


「…すげー、追い付いて来た」

「あぁ、よかった!」

「う、動くなっ!」

「…賢明な判断ね」


コレットが暗殺者へ歩み寄ろうとすると、大声を出してそれを制する。

そして懐から紙切れを取り出し、何やら呪文を唱え始める。
すると、煙と同時に見たこともないモンスターが現れる。
それは鳥を彷彿させる形をしており、背中には般若の顔がついている。


「さっきは油断したが、今度はそうはいかない…覚悟っ!」


暗殺者とモンスターは二手に分かれ、ロイドが暗殺者と、クラトスがモンスターと対峙する形になった。


「炸力符!」


暗殺者が一瞬の隙を突いてロイドの胸元へ符を放った瞬間、


「バリアー!」


リフィルの声が響き、ロイドの周りが水晶のような防壁に包まれる。


「くっ…」


暗殺者が悪態を付くと同時にコレットの背にある羽が強く光り輝く。


「しまっ…」

「エンジェルフェザー!」


どこからともなく七色に光り輝く、正に天使の輪と呼ぶに相応しい三つの光輪が現れ、暗殺者へと襲いかかる。


「ぐっ…」


暗殺者が片膝を付く様子を見ると、どうやらコレットは手加減をしていたようだった。
確かに、強力な天使術が人間に直撃したら一溜まりもないだろう。

その頃にはクラトスとジーニアスとクレアの手によって、暗殺者が召喚したモンスターは消滅していた。


「…覚えていろ!次は必ずお達を殺す」


暗殺者はそう言い残し、傷付いた身体で次々と樹木へと飛び移り、姿が見えなくなって行く。


「あの服…」

「先生、どうしたんだ?」

「…いえ、なんでもなくてよ。行きましょう」

「そうだな、船を出してくれそうな所を探そうぜ」


* * *



オサ山道を越え、クレア達一行が辿り着いたのは小さな漁村イズールド。
船着き場へ向かうと、激しい口論を繰り広げている男女が居た。


「海は今、巨大な魔物が出て危険なんだ!だから大切な君を乗せることは出来ないって言ってるんだよ」

「分かったわ、じゃああんたが代わりに手紙を届けて頂戴」

「嫌だよ!どうして恋敵との間を取り持たなくちゃならないんだよ」


いつの間にか行く末を見守っていたクレアが、二人にそっと声を掛ける。


「あのぉ…よければ私達がその人にお手紙を届けましょうか?」

「クレア!?」

「その代わり、船を出していただけるのならば」


驚いているジーニアスをよそに、すかさずリフィルが付け加える。


「あら、いい考えね!マックス、これなら私は船に乗らないわ」

「で、でもライラ…」

「出・し・て・く・れ・る・わ・よ・ね?」

「ぐ…わ、分かったよ」


ライラと呼ばれた女性は半ば強引にマックスの了承を得る。


「…君達、用意が出来たら声を掛けてくれ」


そう言って船へと乗り込んだ彼の後ろ姿は酷く哀愁が漂っていた。


「強引な奴だな…」

「女の人って…怖いね」


ロイドとジーニアスが上機嫌で帰って行くライラの後ろ姿を見送りながら、呟いた。


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