(ここは…イセリア?)


辺り一面全てが焼け野原と化していた。立派に育っていた葡萄畑や道具屋、学び舎までもが燃えている。
小さな子供は泣き喚き、大人達は猛火の中を逃げ惑う。


「――追放処分とする」


聞き覚えのある声が聞こえた瞬間、クレアの目が覚めた。


「夢…?」


周りを見回すと見慣れたいつもの風景。
しかし、隣で眠っているはずのコレットの姿がなかった。


「…!」


不安を胸に抱きながらクレアは一階へと続く階段を駆け下りた。
すると、ロイドとジーニアスが手紙らしきものを手にしていた。


「…なんだよ…こんなのまるで遺書みたいじゃないか…」

「遺書…。そうかも知れないね。ロイド。ジーニアス。そしてクレア。君達にも、村のみんなにも隠していたことがあるんだよ。コレットは…いや、神子さまは、もう…」


昨日のコレットの態度を思い出し、あらかたの事態を飲み込んだクレアが俯いたその時、大きな爆発音が響いた。
なにかが燃えているような音も聞こえてくる。


「なっ…なんだ!?」

「待ってよロイド!」


ロイドが慌てて家を飛び出すと、ジーニアスとクレアも続く。
そこには息を呑むような光景が広がっていた。


(夢と…同じ…!?)


「ディザイアン…許さねぇ!」


ロイドが駆け出そうとしたその時、クレアが服の裾を掴む。


「クレア…?」

「…あ…。ご、ごめん…」

「とにかく急ごう!」


三人は煙が立ち上っている村の入口を目指して走り出した。


(この胸騒ぎは…なに?)


二人の後ろに着いて行きながら、クレアは自身の胸に手を当てる。
それに呼応するようにぽつぽつと弱い雨が降り出した。

向かう途中にはクレアが夢で見た光景と同じものが広がっていた。否、それより酷い。
しかし、途中で元凶であるディザイアンに遭遇することはなかった。

雨粒が大きくなり、勢いを増す。


「やめろっ!」


入口に到着するや否やロイドが声を上げた。


「また村を襲いに来たのか!いい加減にしろ!」

「なにを言ってるんだ?」

「戯言だ、放っておけ」


新緑色の髪を持つ男が姿を現すと、ディザイアン達は一斉に跪いた。
右目を眼帯で覆い、左手には筒状の武器が装着されている。これらは、戦闘で失ったものなのだろうか。

男は、覆面で顔を隠してはいなかった。


「聞け、劣悪種共。我の名はフォシテス。ディザイアンが五聖刃の一人。優良種たるハーフエルフとして、愚劣な人間共を培養するファームの主」

「…ハーフエルフ」

「ロイドよ!お前は人でありながら、不可侵契約を破る罪を犯した。よって、貴様とこの村に制裁を加える!」

「契約違反はそっちも同じだろ!神子の命を狙ったくせに!」


イセリア人間牧場と結んでいる「不可侵契約」とは「村人が人間牧場へ近付かない代わりに、ディザイアン達も村へ足を踏み入れない」ことだ。

しかし昨日、ロイドとジーニアスは人間牧場へ足を運んだ。
マーブルと出会い、それが見付かって奥に連れていかれた彼女を助ける為、二人のディザイアンを倒し、逃亡した。

その結果が、この現状を生んでしまったのだ。


「我々が、神子を?」


フォシテスが、腹を抱えて笑い出した。
クレア達一行を、否、人間すべてを侮蔑し「愚かだな」とでも言いたげな表情で。

真実を述べただけだというのに、一体何がおかしいのだ。


「なるほど。奴らが神子を狙っているのか」

「奴ら?コレットを襲った連中と、お前達は違うって言うのか?」

「劣悪種に語ることは何もない。それよりも貴様だ、ロイド。貴様が培養体F192に接触し、我らの同志を消滅させたことは、既に照会済みなのだからな」


フォシテスの言葉に顔を真っ青にした村長が、クレア達の目前に回り込んだ。
血の気は引いているが、内側から滲み出る怒りをふつふつと感じる。


「何ということだ!牧場には関わるなと、あれほど念を押したのに!」

「…ごめん」

「きさまの罪にふさわしい相手を用意した」

フォシテスと呼ばれた男が指を鳴らすと巨大な怪物がクレア達の前に立ちはだかった。怪物は全身が深緑色、腕が引きずる程に長く、その先には鋭く尖った鉤爪が生えていた。


「…やれ」


* * *



辛くもクレア達の勝利に終わると、どこからともなく頭に直接響く声が聞こえる。


『お逃げなさい…ロイド、ジーニアス!』

「まさか…マーブルさん!?」


見ると、倒したはずのモンスターが苦しそうに呻いていた。


『ジーニアス…新しい孫が出来たみたいで嬉しかったわ…。…さよう…な…ら…』


モンスターは大きな両腕をフォシテスの身体に回し、自爆した。
ディザイアン達から悲鳴が上がる。


「くっ…ロイドよ。その左腕のエクスフィアがある限り、お前は我々に狙われる…覚えておけ!」


フォシテスはそう言い残し、部下と共に消えた。
そこには小さな宝石が転がっていた。ジーニアスがそれを拾い上げる。


「マーブル…さん…うわああああ!」


クレアもロイドもその場に立ち尽くしていると、背後から怒りが滲み出ている声が聞こえてきた。


「…大変なことをしてくれたな」

「…ごめん」

「謝って済む問題ではない…お前達のせいで村は目茶苦茶だ!」

「そんな…ディザイアンが急に攻めて来たのに!ねぇ、二人共?」


クレアが同意を求めようとロイドとジーニアスを見るが、二人は視線を逸らす。


「…人間牧場に近付いたのか?」

「…ああ」

「え…?」

「ロイドを牧場に誘ったのはボクだ!だからボクが悪いんだ!」


ジーニアスがロイドをかばうようにして間に入るが、村人達の態度は変わらない。


「それでもディザイアンが狙っているのはロイドだ」

「だったらボクも出て行く…ボクも同罪だ!」

「…村長権限でここに宣言する。只今をもって、ロイドとジーニアスの二人を追放処分とする」


村長の一言で村人達が躍起になり、口々に出て行けとはやし立てる。


「ごめん…なさい…」

「行こう?ロイド…」

「ま、待って!」


入口を出ようとした二人をクレアが呼び止める。


「私もついて行く」

「えっ…でも…」

「もう…あそこでは暮らせないよ」

「…そうだな」


そして三人は村を出た。
神子を探すため、まずは南を目指す。


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