ヴォルトが眠る雷の神殿は、小さな離島にひっそりと聳え立っていた。

シルヴァラントで目にした神託の石版らしきものは見当たらず、リフィルによると「現在は封印として機能していないのだろう」とのこと。

変化したソーサラーリングを用いて順序よく仕掛けを解除していく一行。契約の儀式が行われる祭壇へと辿り着く。


「…行くよっ!」


そう言って歩みを進めたしいなの横顔は、誰が見ても分かるほどに強張っていた。

しかし、ここで声を掛ければ彼女の決意を揺るがせることになってしまうだろう。

クレアは胸元で手を組み、密かに祈りを捧げた。


「いよいよだな」


震える足で一歩ずつ、けれども確実に祭壇へと向かうしいなの後ろ姿を捉え、ロイドが呟く。

すると、周囲に帯電していたマナが収束し始め熱が弾ける音と共に、精霊ヴォルトが姿を現した。

その実体の伴わぬ半透明な球体の中心には、巨大な目が張り付いている。


『%&$#@*+』

「…まただ!昔と同じだよ。こいつは一体何を言ってるんだ!」

「落ち着いて、しいな。私が訳すわ。……我はミトスとの契約に縛られる者。お前は何者だ?」

「……あたしはしいな。ヴォルトがミトスとの契約を破棄し、あたしと新たな契約を交わすことを望んでいる」


再び見上げたヴォルトから、音声と言い難いそれが直接脳裏に響く。

唯一ヴォルトの言葉を訳すことが出来るリフィルに、皆の視線が注がれた。


「ミトスとの契約は破棄されたと言っているわ。…しかし、私はもう契約を望まない」

「ど、どうして!」

『*+&*%$%&#』

「……人と関わりは持たない。だから契約は望まない」


ぎり、と奥歯を噛んだしいなは懐から幾枚もの符を取り出し、構える。


「それじゃあ困るんだ!」

「しいな!無茶しちゃ駄目……っ!?」


クレアの叫び声とほぼ同時。大きな魔方陣が足元に現れ、一行は祭壇下の大きな広場へと弾き飛ばされた。

契約者の素質故か唯一立っていることが出来たしいなは、散り散りばらばらに倒れ伏す仲間達の姿を目の当たりにする。

忌まわしい過去の記憶が、彼女の脳裏に蘇った。


「みんなっ…!これじゃあ、あの時と同じじゃないか…!あたし、またみんなを――」


膝を折ってその場に崩れ落ちたしいなは、既に戦意を喪失していた。

ぼろぼろととめどなく溢れる涙が、無機質な地面に吸い寄せられる。


(ヴォルトが、後ろにっ…!)


無防備に晒されたしいなの背後で、濃密なマナが収束されてゆく。

しかし、先ほどの攻撃で神経が麻痺してしまったらしく、クレアの身体は思うように動かない。


「…っ、し、いな…!!」


眩しさのあまり視界が真っ白になったその瞬間、クレアの横を小さな影が駆け抜けた。


――ちりん。


(鈴の、音…?)


閃光が弱まり、立ち込める煙の中心からぼんやりと二つのシルエットが浮かび上がってくる。


「…コリン!……コリン!?どうして!?」


子供のように泣きじゃくる彼女が呼び掛ける先には、古くからの親友であるコリンの姿が。

ヴォルトの攻撃を受け止めたその身体は、再び立ち上がることが出来ず、力無く地に伏している。


「…しい、な…。ヴォルトは……人間を、信じられなくなってるだけ…。ちゃんと誓いを立てて、もう一度契約してごらんよ。…しいななら……出来るよ…!」

「コリン!」


腕の中に抱いた小さな身体は燃えるように熱く、未だ電流を纏っていた。

しかし、しいなはそれに構うことなくコリンを優しく抱き締める。


「しいな…。これ以上、力になれなくて……ごめん、ね…」

「死なないでコリンっ!!」


――ちりん。


小さな、小さな鈴の音。

それを最後に、コリンは世界へと還っていった。














to be continued...

(10.09.24.)


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